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<インタビュー・野見隆明>『さや侍』の次はぬらりひょん、好きな人はAKB48前田敦子

 スイス・ロカルノ国際映画祭、韓国・釜山国際映画祭で立て続けに絶賛された、松本人志監督映画『さや侍』。刀身は捨てても、さやだけは持ち歩く脱藩浪人が、感情を失った若殿を笑わせるために、30日間に渡り芸を披露する作品で、主演は、演技経験ゼロの“素人”野見隆明(54)。

 その『さや侍』のブルーレイ版とDVD版が11月5日に発売される。映画ではカットされた「釜ゆで我慢」「あつあつ田楽早喰い」「ザリガニ鼻飾り」など8つの「業」が収録され、初回パッケージには、着想から完成までを記録した200ページの「制作会議録」が付く。

 今、注目の野見隆明にインタビューを試みた。

 初めに『さや侍』の撮影を振り返った野見。一番苦労したのは「ふすま」の場面で、「全部で13枚のふすまを並べて、ひとつひとつ、頭で破って突き進むという業なのですが、5枚目まではよかったんですけど、6枚目からだんだん硬くなって」と頭をかく。映画では、野見がいう5枚目あたりから、ふすまが全然破れなくなり、それでも、ふらふらになりながら突進する場面が収録されている。

 苦労は、それだけではなかった。2匹の蛇を蝶結びに結わく「蛇結び」では蛇にかまれ、「釜ゆで我慢」では「途中で、下に引いておいた板が外れてしまいました。足が直に釜に着いて、熱くて、熱くて、もだえました」。業は全部で、30個以上は撮影した。

 しかし、そんな体を張った撮影も、本人は映画だと知らなかった。完成後にスタッフたちの前で上映される、いわゆる“0号試写会”で「映画だということも、自分が主役だということも初めて知りました」。

 『さや侍』主演にたどり着くまでの経緯をたどると、最初は偶然だった。5年以上前、松本人志が出演したトーク番組の収録があった。「友だちがチケットを持っていたので、たまたまいっしょに見に行きました」。その時は、ファンとして番組を鑑賞したが、「その後、テレビ局から、こういった番組のオーディションをやるので来てくれと言われまして、行ったら、その夜から撮影が始まりました」。2006年から07年に放送された、松本人志MCのバラエティ番組『働くおっさん劇場』に出演することになった。

 当時の野見の職業は「画商」。具体的には「絵を管理する仕事」で、「昔の絵画は特殊だったんですよ、ライトを照らして、朝、昼、晩を表しまして。リラクゼーションアートです」。「画商」のほかにもさまざまな職業を経験した。ビルの清掃や、新宿ゴールデン街のバー「流民」で働いていた時期もあった。また、「昔は吉永小百合さんが好きでした。今は、AKB48の前田敦子さんが好きです。前田さんの魅力は、なんでしょうね、なんか、やっぱ、目がねえ」と、2本しか残っていない前歯を出して笑う。

 『さや侍』撮影中の野見には、前歯が3本残っていた。しかし、公開後に、そのうちの1本が抜けてしまった。そのため、「あと、2本は映画に出たい」と意気込む。今一番演じてみたい役は、「実写版ゲゲゲの鬼太郎のぬらりひょん。特殊メイクなしで、素のままの風貌でもいけると思います」。現在、映画出演のオファーはなく、松本とも連絡を取っていない。

 松本だが、6月の『さや侍』プレミア上映会の舞台あいさつで、野見が契約を解除された携帯電話機を肌身離さずに持ち歩いていたエピソードを語った。会場からは笑いが起きたが、松本は「野見さんにとっては最後のステータス、プライド」「疲れているおっちゃんもみんな、さやは持っている」と遠くを見つめた。その“プライドの携帯電話機”は、現在は、契約が復旧し、通話可能な状態に戻っている。今の野見にとっての“プライド”は、「一日一日を大切に生きること」

 『さや侍』完成の年は、大震災の年でもある。「さまざまな事情があって、劇場で『さや侍』を見られなかった方に、ブルーレイとDVDで、がんばって30日の業をやっている姿を見てほしい。そして、親子の絆、家族の大切さ、勇気を感じてほしい」

 野見は今後、ブルーレイ版・DVD版『さや侍』の発売に合わせ、全国津々浦々の販売店らを周り、サイン会・握手会を開催する。その“全国行脚の業”の様子は、スタッフによって逐一ツイッターでつぶやかれる“実況中継の業”で紹介される。『さや侍』は完成しても、野見の“業”は続く。(竹内みちまろ)

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