その冒頭で紹介した八岐大蛇は、日本の神話に登場する巨大な悪龍で、首が8本、尾も8つに分かれ、いくつもの山や川をまたぐ巨体を誇るとされている。また、目がほおずきのように赤く光り、背中に苔や杉の木が生え、腹部は常に血で濡れた異形の姿をしている。
実はこの神話には、川の氾濫を防ぐ治水事業と、製鉄技術を持つ民族を征服したことが背景にあるようだ。今回はもう少し八岐大蛇について掘り下げてみたい。
古来より龍や大蛇は水をつかさどるとされ、長くくねった蛇体は川の流れに例えられた。また神話では、首を落としてもなお動く大蛇の尾を素戔嗚尊(すさのおのみこと)が断ち落とそうとしたところ、剣が欠け尾の中から一振りの剣が現れた。これは川で取れる砂鉄を意味するではと考えられている。
大和武尊が出雲を治める出雲建(いずもたける)と、木剣での太刀合わせを申し込んで倒す流れがあった。ここでは大和武尊が自身の木剣を鉄剣にすり替えて倒している。このことからも、古くから出雲の製鉄技術が広く知られていたことが分かる。つまり、優れた技術を持つ敵対勢力を、巨大な力を誇る悪神や怪物、強い敵に見立てることによって大和朝廷の強さと正当性を示したのである。
しかし、敵対勢力が強ければ強いほど、為政者にとってはまたいつの日か、再び覇権を握られるのではないかという恐怖に変わる。巨大な地盤からなる反抗勢力の大きさと、倒した相手の怨霊が災をなすのではないかと考えられたのだ。
そのため敵を神格化しまつり上げることで魂を鎮め、信仰の対象として残すことで土着民の反抗を防ごうとした。同時に治水対策などの事業が成功した記念に史跡を作って新たな為政者の権威も示し、権力の交代を明らかにしたのである。その証拠に、伝説の舞台である島根県雲南市や奥出雲町には八岐大蛇神話に基づく史跡や神社が多く残っている。
このように、神話をひも解いていくと当時の人々が得ていた治水・製鉄技術や、政治状況が垣間見えるのだ。
(山口敏太郎)