背景として、秀吉が江の姉・茶々の気を引くため、3姉妹に着物を贈っていた。茶々は秀吉から贈られた着物を拒絶し、従者の服を着て秀吉のもとへ乗り込んだ。
後日、三成が、折を見て3姉妹から取り上げた以前の着物を返してはどうかと、主君である秀吉に進言する。実は、取り上げた着物は三成のはからいで処分せずに保管されているという。
そのことを聞き知った秀吉の顔つきが変わる。視聴者は、肝を冷やす。もしこれが信長なら、三成の首が飛ぶ。信長の命令は絶対。信長の辞書に「はからい」という言葉はない。
しかし、大河ドラマ『江』の秀吉は、にんまりとほほをゆるませた。「やるではないか」とさらに三成をいじり、扇子で三成の頭をたたく。視聴者は、肝を冷やす。扇子で頭をたたかれたら刀を抜くのが漢(おとこ)。徳川に向こうを張って旗揚げをした三成にはそのくらいの器量はあった。しかし、三成は苦笑しながら、さらに秀吉からいじられる。柴田勝家の城にとどまった市から渡された手紙には、三成のことはどこにも書かれていない。
思えば、扇子は不思議だ。実用としては風を起こすだけなのだが、あの時代、扇子のひと振りで万の軍勢が動いた。平家物語では那須与一が扇子を射抜き、源氏物語絵巻の要所には扇子が配されている。
大河ドラマ『江』で扇子を一番に使いこなしているのが、まさに秀吉。浅井長政の城から助け出された市と3姉妹が信長と面会をするさい、秀吉は、市から扇子で視線を避けられた。
現在までのところ、大河ドラマ『江』では、3姉妹の心は密室での茶の湯で表され、秀吉の心はオープンスペースでの扇子の使われ方に象徴されている。しかし、このことは、男は外で働け、女は家を守れと主張しているわけではないだろう。江は、野望に生きた信長と、家に殉じた市から、「新たなスーパー・ヒロイン」になることを命じられている。
江はどのような「戦国」を生きるのか。江が生きる「戦国」とは何なんか。江は、何を求め、何を見出すのか。引き続き、扇子に注目したい。(竹内みちまろ)