無職になって2週間。次の仕事もなかなか決まらない。…というか、見つかる気配すらない。
焦っても無駄だと感じた私は、駅前の小さなスナックで働き始めた。仕事が見つかるまでの我慢だと、自分に言い聞かせるも、29歳で初めて夜の世界に足を踏み入れることは、かなり精神的にも辛かった。
まったく会話に入れず、黙々とお客さんや自分より年下の先輩女の子の水割りを作って、灰皿を変えて、カラオケの曲に合わせて作り笑顔で手拍子を叩いて。そうやって、何かすることを必死に見つけては、その場をしのぐ。
「あっ、そう言えば…ええっと。ナツキちゃんだっけ?」
「えっ? …あ、夏実です。」
突然、その席の中心で話していた常連客でもある谷口さんが、私に話しかけてきた。他のお客さんも女の子も、一斉にこちらを見る。
「ああ、ごめんね。夏実ちゃんって、何年生まれ?」
「…1983年ですけれど」
「じゃあ、リアルタイムで『おそ松くん』観てた世代だ!」
「ええ、そうですけど…」
そう答えると同時に、だから何それ〜? と、若い女の子たちが一斉に騒ぎ出した。
「ちょっと、夏実ちゃん。『おそ松くん』を知らないって言うんだよ、この子たち」
「本当にわからないんだもーん! それって何なんですか、夏実さん?」
「えっとね、バカボンよりも前のアニメなの、『おそ松くん』って」
「おい、バカボンは知ってるだろうな?」
知ってるよ! と、手を叩いではしゃぐ女の子たちを見て、私も自然と笑顔になった。
…あれ? もしかして、谷口さんは私を話に入れてくれようとしてくれたの? そう思って谷口さんの方を見ると、谷口さんも振り返ってニコッと笑ってくれた。
些細なことにまで気付いてくれる、谷口さんの優しさが本当に嬉しくて、もっと話したいと思った。
取材・構成/LISA
アパレル企業での販売・営業、ホステス、パーティーレセプタントを経て、会話術のノウハウをいちから学ぶ。その後、これまでの経験を活かすため、フリーランスへ転身。ファッションや恋愛心理に関する連載コラムをはじめ、エッセイや小説、メディア取材など幅広い分野で活動中。
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