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高橋四丁目の居酒屋万歩計(3)「石はら」(いしはら)

 東急世田谷線、松陰神社前駅から徒歩410歩

 日本の近現代史を、おもしろおかしく語るご自分の語り口調を「張り扇の講談調」と呼び、なにか文句があるかと扇を振りかざす半藤一利氏の「幕末史」(新潮社刊)による吉田松陰(学者)像はこうだ。
 井伊大老による安政の大獄で処刑された松陰は「つまらない罪状で江戸にまで引っ張ってこられ、うまくつっぱねておきながら、言わなくてもいいことを喋って殺された」。自らをそう導いてしまう松陰の性癖を「正直というか豪胆というか」判断に苦しむところではあるが、歴史の冷徹な動力を作動させたのが松陰と橋本左内(学者)の惨殺なので、結果としてここから世は大老暗殺に大きく傾いて行った、と。
 松陰神社の境内には明治維新を担った、のちの政府高官が寄進した十指に余る灯篭が据えられている。
 松陰先生の不当な死を悼み、その名誉回復のためとはいうものの、松陰の死が歴史上どれだけ自分たちに有利に働いたかという事実をはからずも物語っていはしないか。

 「石はら」には、松陰神社前駅で下車する。境内は小春日和に背中を押されて外に出た、スケッチグループで賑わっていた。11時半の開店と同時に石はらに繰り込んできたのは、予約をしているはずと穏やかに言い張る八十路のおばあさまご一行。
 やがて、カタカナ商売風の3人、1人おやじが都合2人、小学生と若い母親などでほとんど満員。
 おばあさまご一行は、8人掛けテーブルを断固死守して蕎麦茶を召し上がっている。メンバーは30分に1人ずつしかお見えにならない。集合時間がどうやら8種類あるようだ。
 三点盛りの珍味は苦うるか、ほや、蕎麦味噌だった。鴨蕎麦の抜きをそう言う。
 人に尋(たず)ねなかったばっかりに、わたしが理解するのに10余年かかった抜きです。鴨抜きは鴨肉を抜いているのではありませんよ。抜いているのは蕎麦ですよ。
 分かってる? 失礼しました。熱々の小どんぶりの横の小皿には、血色のいい極上品の鴨肉が1枚サービスされていました。
 引っ越してから変わったこと。窓が増えて外光が入り、求道者的な雰囲気が薄まったこと。営業時間が長くなって夜遅い客は喫煙可にしたこと。
 引っ越しても変わらなかったこと。嗅(か)がなくても蒸篭(むしかご)から草いきれのように立ち上がる、蕎麦の実の匂い。汁と容易には混ざろうとしない頑固な蕎麦湯。

予算2800円
東京都世田谷区世田谷1-11-16

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