東銀座の歌舞伎座の改修工事が決まり、平成21年度から1年有余をかけた「歌舞伎座さよなら公演」が始まった。22年の4月公演が、銀座のランドマークでもあった、あの建物との本当の別離になる。
この興行が快調だ。関係者にうかがったところ、まず役者の気迫が違うのだそうだ。まだ1年有余続くとはいうものの、銘銘(めいめい)の役者が板を踏めるのは、それぞれ数公演しかない。初日があけば千秋楽まで自分が演じられる回数もおのずと明らかになる。
日めくりが1枚ずつ減っていくように、自分を日本一の歌舞伎の舞台で、お客さまに観ていただく機会が減って行く。文字通りの一期一会。ここを先途と力も入る。舞台が燃える。その熱が伝播(でんぱ)して、入りの薄かった夜公演まで席が埋まる。松竹はほくほく、という次第なのだそうだ。そうすると、勧進元の松竹にも気合が入る。當(あたり)狂言の連打をもってして、華やかな幕切れにしようと工夫もする。
たとえば読売新聞社との企画「好きな歌舞伎20選」。募集をしたところ1万5000通を超える応募があった。さよなら公演の後半の、未発表の演目が、おのずと見当がつくようになっているので列記してみる。ちなみに応募総数1万5971通のなか、1位がダントツの1852通を集めた「勧進帳」、20位が173通の「元禄忠臣蔵」だった。
(1)勧進帳
(2)義経千本桜
(3)京鹿子娘道成寺
(4)仮名手本忠臣蔵
(5)白浪五人男
(6)助六
(7)桜姫東文章
(8)源氏物語
(9)連獅子
(10)恋飛脚大和往来
(11)菅原伝授手習鑑
(12)三人吉三
(13)阿古屋
(14)俊寛
(15)伽羅先代萩
(16)暫
(17)女殺油地獄
(18)里見八犬伝
(19)曽根崎心中
(20)元禄忠臣蔵
ちなみに4月公演は、19位の「曽根崎心中」が大切り。山城屋坂田藤十郎、渾身(こんしん)の舞台である。勧進元はここでも工夫する。3演目いずれも男女の(この場合、女が先になるが)組み合わせが演目の代名詞になっているものを選(よ)っている。「毛谷村」の、お園六助。「吉田屋」の、夕霧伊左衛門。「曽根崎心中」の、お初徳兵衛という具合である。
上方の濃厚な和事を観たあとに、いきなり遠く離れた物を食することは憚(はばか)られ、さらに江戸の和食というのも憚られ、かといって上方の濃厚な和食を求めて高級料亭を訪れるわけにもゆかず、ほどのよいところで新橋を中心にチェーン展開をしている魚金の二号店を目指した。
新橋に魚金は計10店舗あるが、二号店にしたのも他意はなく、新橋を取り上げるのが2回目だから。刺し身七点盛り、寿司(すし)盛り合わせをぱくつく。酒も豊富で、九頭龍や大七や東一や尾瀬の雪どけなど。お燗(かん)は1合からだが冷酒は五勺があって、魚を食ってもらうぞという意欲に満ちている。
ほどよいたたずまいと、ほどよい美味(おい)しさで、金色、銀色、朱、紫、鼠(ねずみ)、青、茶、緑、墨がごうごうと音を立てて渦巻いていた頭の中も冷静になる。公演はまだ1年間続く。建物見学、ロビーの絵画鑑賞を兼ねて、ぜひ。
予算3000円
東京都港区新橋3-8-6