そんな夜に、私は訪れたのはキャバクラは、浴衣イベントをしていました。キャバクラの浴衣イベントというのは珍しくありません。夏になると、こうしたイベントはどこの店でもやっています。しかし、祇園祭で浴衣を着た京美人たちを見たあとで、浴衣を着たキャバ嬢を目にすると、いろいろな妄想をしてしまうものです。
さて、この夜に店で過ごすこととなったT嬢(19)。店内に入る際に、ざっと見渡せたこともあり、「だいたいこんな風な嬢が多いのね」と頭のなかでインプットしていました。そのため、私の個人的な標準値と比べて、それ以上の嬢が来たら、即、場内指名をしてしまおうと、思ったのでした。
私がこんな風に思う夜は少ないのもしれません。初めての店の場合、入店時に見える範囲で女の子をチェックできても、しきれなかった嬢が席に着くことがあるので、「決め打ち」はしないことが多いのです。しかし、この夜は、違っていました。なぜか、「名前は?」「出身は?」的な、最初の挨拶を何度もするのが嫌な気分だったのです。
最初に着いたのがT嬢だった。話をしていて、特に不快感もなく、楽しそうな話ができたので、今夜の指名をT嬢と即決しながら話をしていました。そのため、表面的な話で終わるような流れにしないように心がけた。
ただし、私が「東京からやってきた」ことをどこで話すべきかは悩みました。旅先で「よそモノ」とわかると、キャバ嬢は次回を期待しないことが多いと聞くからです。場合によっては連絡先を交換せず、この「一回だけ」でがんばるかを考えるということもある。
そうは言っても、T嬢の情報ばかり引き出していても、かえって不自然。そのため、私の「出身地」だけでなく、現在住んでいる場所を教えるタイミングがやってきた。「東京ですよ」と言ったとき、ちょっとだけ残念がるような表情が見え隠れした。T嬢のテンションが落ちた気がしたのは、私の気にし過ぎかもしれないのですが。そう思わせてしまうのは、T嬢の経験のなさなのかもしれないが、私の被害妄想かもしれない。
「今度、京都に来たときには、ご飯、一緒に食べましょう」
よそ者を分かると、たいていの場合、そんな言葉を最後に残す。しかしながら、メールなんてしなくなるのが常だろう。嬢だって、いつまでもその店にいつかわからず、嬢として働いているのかも不明だろうし。
「覚えておいてね」
「うん、明日までは」
どうせ、メールが途絶えるのなら、こっちから「よそモノだから、忘れちゃうよ」というサインを出して、忘れられる悲しさからのガードをしようと思ったのでした。でも、このT嬢、私のことを「客」としてでしょうが、なかなか忘れていないようで、いろいろ気になるのか、メールや電話がまだ来ています。
<プロフィール>
渋井哲也(しぶい てつや)フリーライター。ノンフィクション作家。栃木県生まれ。若者の生きづらさ(自殺、自傷、依存など)をテーマに取材するほか、ケータイ・ネット利用、教育、サブカルチャー、性、風俗、キャバクラなどに関心を持つ。近刊に「実録・闇サイト事件簿」(幻冬舎新書)や「解決!学校クレーム “理不尽”保護者の実態と対応実践」(河出書房新社)。他に、「明日、自殺しませんか 男女7人ネット心中」(幻冬舎文庫)、「ウェブ恋愛」(ちくま新書)、「学校裏サイト」(晋遊舎新書)など。
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