王女伝説第2章はここから始まる。昨年の最優秀3歳牝馬カワカミプリンセスが、半年の沈黙を破り、満を持して復帰する。
とにかく昨年は衝撃の1年だった。2月28日の新馬デビューから4戦目、わずか84日のスピード出世に、「アッという間に勢いだけで駆け抜けた」と肝っ玉のすわりは栗東一の西浦師をして驚がくさせたオークス制覇。それから約5カ月、ぶっつけ本番のローテーションに、「ああだ、こうだと、いろいろ言われた」なか、いとも簡単に秋華賞をクリア…厩舎の偉大なる先輩テイエムオーシャンにも楽々肩を並べてしまった。
もっとも、好事魔多しとはこのこと。「古馬相手でもウチのが一番強いと思っているから使うんだ」と自信満々に挑んだエリザベス女王杯。歓喜の先頭ゴールから数分後、降着の裁定が下り、天国から地獄へと突き落とされる憂き目にも遭った。
トレーナーは「ファンの皆さまには、大変なご迷惑をおかけしました」と深々と頭を下げたが、ルールはさておき、スイープトウショウ、アドマイヤグルーヴ、エアメサイアなど、古馬GI馬の厚い壁を破ったのは事実。「馬には何の責任もない。1着でゴールを駆け抜けているんだから」の言葉には、誰一人として非難を浴びせるものはなかった。
そして、仕切り直しとなるこの一戦。またしても、本番へのぶっつけローテが敷かれたわけだが…。ふと昨年にこんな野望を師が口にしていたことを思い出した。
「来年の今ごろになったら、男馬の超一流が相手でも互角に戦えるようになっていると思う。それくらいすごい可能性を秘めている馬。だから、成長を妨げないために、この秋は秋華賞、エ女王杯の2戦しか使わないんだ」
そう、今春のローテも確固たる信念に基づき熟考された規定路線なのだ。
もちろん、ここに向けての臨戦態勢には寸分の狂いもない。先週まで3週連続にわたり、新コンビを組む武幸騎手を背に熱のこもった追い切りが消化されてきた。
「正直、騎乗依頼がきたときは驚きました」と話す武幸騎手は、「プレッシャーはここ何カ月かあった」とホンネを漏らす一方、「ここにきて(カワカミのことは)だいぶ分かってきた気がする。騎手の立場からすれば、結果を出すのが仕事ですから」と任務遂行に表情を引き締める。
愛馬の癖を少しでもつかんでもらおうと、中間はあえて仕上げ役にもコウシローをコンバートした師。その意図通りに、鞍上がオテンバ王女との阿吽(あうん)の呼吸を体得すれば、ヴィクトリアマイルはおろか、宝塚記念の頂ですら視界に入ってくる。
「厳寒期の中での放牧だったから、思った以上に体力を使ったのかな。帰厩当時は冬毛が目立って馬体も寂しく見えたけど、この2カ月半、調教はビッチリやってきたからね。先週、コウシローが乗った追い切りで動きは完全に戻ったし、今週のケイコも完ぺきだった」
思惑通りに仕上がった愛馬の姿に、師は満面の笑みを浮かべる。
「長いこと、この世界にいるが、こんな牝馬にはめぐり合ったことがない。今回も強いカワカミプリンセスをお見せできると確信しているので、ご声援よろしくお願いします」
牝馬版ラムタラとでもいおうか、周囲のド肝を抜いた樫から早一年…府中の杜にカワカミプリンセスが再び“降臨”する。