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“V6”は“V6”じゃなかったかもしれない?あの人もメンバー候補だった

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 森田剛が宮沢りえとゴールインしたことによって、V6はメンバー6人のうち4人が既婚者となった。奇しくも、全員が女優妻というのが、もっぱらの話題だ。先陣を切ったのは、07年9月の井ノ原快彦。瀬戸朝香との復縁婚を成就させて、今では2児のパパだ。16年11月には、長野博が白石美帆と実を結び、今夏には45歳にしてパパになる。昨年12月、岡田准一が宮崎あおいと結婚。宮崎に子どもはいないが、宮沢と同じく再婚だ。森田は初婚にして、宮沢の連れ子である8歳の娘のパパになった。

 そもそもV6は、今年で結成23年のベテランユニット。森田と三宅健がジャニーズJr.時代にズバ抜けた人気を得ていたために結成された。年上で経験豊富な坂本昌行、長野、井ノ原は、20th Century(トニセン)。年少組でフレッシュさが自慢だった森田、三宅、岡田がComing Century(カミセン)。双方には今なお、埋められない格差が生じている。察しの通り、カミセンがVIP待遇を受けている。

 デビューは95年。デビュー曲『MUSIC FOR THE PEOPLE』は、フジテレビ系の『バレーボールワールドカップ』の大会テーマ曲に起用され、大会サポーターも務めた。このV6を皮切りに、99年の嵐、03年のNEWS、07年のHey!Say!JUMP、11年はSexy Zoneが、バレーでデビューのきっかけをつかんでいる。

 V6が大役を務めた初年度、ほんとうはバレーではなくサッカーで推し進められていたという。Jリーグの発足に伴い、押し寄せるであろうサッカーブームに便乗しようとしたのだ。グループ名は、V6ならぬJ11(ジェイイレブン)。長野、井ノ原、森田、三宅、さらには嵐の大野智などが招集されたが、目標の11人に達しなかったため頓挫。仕切り直して6人に減少して、バレーに切り替えられた。

 この「V」と「6」には、さまざまな意味がある。「6」は当然、メンバーの数。「V」はVolleyball(バレーボール)はもちろん、勝利のVictory(ビクトリー)、トニセンvsカミセンの構図からVersus(バーサス:対)の思いも込められた。名付け親は、過去のジャニーズグループをすべて独断で決めてきたジャニー喜多川社長だ。

 ジャニーさんはこのとき、坂本の実家が八百屋であることを思いだし、Vegetable(野菜)も加えた。さらに、長野の実家が自転車屋であることから、「自転車のバイシクールもV(はじまり)だし」と続けた。しかし、自転車の綴りはbicycle。「V」と無関係だった。同じトニセンの井ノ原が、「社長、僕はなんですか?」と問うと、「ベテラン(Veteran)だよ」という名答で、オチを付けたという。

 ジャニーズの長きにわたる歴史に、確かな爪痕を残したV6。こうなると、独身の三宅と最年長の坂本にプレッシャーがかかるか……。

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