虫が好かない相手は誰にでもいるもので、大抵お互いにそれを感じていることが多い。歌舞伎町のキャバクラ『B』の美憂さん(仮名・26歳)の場合、それは同じ店のリコさん(仮名)であった。
同じ年齢、ほぼ同じ成績、ポジションは清純派と、何かとキャラが被ることも反発し合う理由だった。「リコって、何考えてるのか分かんない、感情あるの? ってタイプだったから、ホストに狂ってるって聞いた時は意外な気がしたんだよね」相手はナンバー1ホストらしい。気になった美憂さん、店の看板写真を見に行った。「どんなイケメンかと思えば、爆笑するくらいブッサイク! いやその時は笑った笑った」ご機嫌ついでにそのホストとおしゃべりしてやろうと、店に入ったところ…ミイラ取りがミイラに…。
「本人はやはりブサイクだったにも関わらず、さすがナンバー1です、わずか10分でイチコロでした(笑)」ホストは所有物ではないとはいえ、同じ店のキャバ嬢同士、そこには早い物順という暗黙のルールがある。それでもハマってしまった美憂さんは足繁く『G』に通い、リコさんとバッティングするのは時間の問題だった。
「お互い虫が好かないし相手だし、お店では自制してた分、『G』ではもう憎しみむき出し。抜け駆けされたくないから、どっちかが先に帰るまでは絶対に席を離れない、結局毎日ラストまでいる(笑)」
指名を奪い合い、相手より一円でも高くオーダーを競う。確執はキャバクラ内にも持ち込まれ、口も利かない目も合わさないで、2人の不仲は一気に表面化。そしてとうとう。
「同じテーブルについた時に、リコがチクリチクリ嫌味を言ってくる。どうやら、私が彼と食事行ったことがバレたみたい。でもそんなのお互い様なのに!」
客の前、お仕事中、そんな“些細”なことは一瞬して吹っ飛んだ。
「言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ」
「後から人のもの横取りしてんじゃないわよ!」
「アンタのものって誰が決めたのよ! だったら名札つけとけ」
<ジャンケンに勝ったが勝負に負けた>
いずれも知的・清純派で中年リーマンに人気の高い2人。そんな2人がホストを巡り、低レベルな悪口バトルを繰り広げているのだから、場内は一瞬キョトン。「おいおい」となだめる客を置き去りに、2人の悪口対決はヒートアップ。どちらが手を出したのか、やがて猫パンチの応酬。キャットファイトを展開。すぐさまボーイが割って入ったが、アドレナリン出まくりで闘争本能むき出しの2人。ボーイに羽交い絞めにされながらも、手足を振り回して反撃を繰り出そうとする。野生化した“2匹”をいなす術はないように思われた、その時、
「ほんなら、ジャンケンで決めえや」
修羅場にそぐわない、間延びしたような広島弁で、ジャンケン勝負を提案する声が。 声の主は、本日初来店のフリー客。ついた女の子から事情を聞いたらしい。歳は30くらいか、服装はカジュアル志向だが、黒Tシャツはよく見りゃベルサーチ、ディオールのメンズスニーカーに、時計はブルガリと“シャレた商売でお金持ってます”という元ギャル男風。キャバ嬢の“大好物物件”である。しかし、その時の憂美さんにはそこまで見抜けなかった。
「負けた方はスッパリ諦めえや。その代わりオレがドンペリ入れちゃるけん」
それはナイスな案だ…店内はにわかにお祭り気分に。ジャンケンは3回勝負。現在1勝1敗。次の拳で勝敗が決する。最終ラウンド…オーディエンスの声に合わせて、「最初はグー! ジャンケンポン!」
「よっしゃー!」ガッツポーズを決めたのは憂美さん。虫が好かない女をギャフンと言わせた上に、ホストの占有権もゲット。ホクホクで放ったらかしの接客に戻った。
一方のリコさんは半ベソ。「まあまあ」と広島弁男になだめられつつそのテーブルへ。その日、公約通りドンペリが3本空けられた。
「その客、クラブ(*水商売じゃない方)のオーガナイザーで、若いくせに超金持ちだったの。今リコはその彼と付き合ってるらしい…ホストですか? 通ってますけど前ほどの情熱はない」
ジャンケンに勝って、勝負に負けた美憂さんだった。