愛知県豊田市花園町に樹齢300年ぐらいで、高さ12m、直径1.8mもある大きなイブキの木が一立っていた。イブキの木のすぐ横には、南北に続く細い道が通っていた。
昔、この道沿いには雑草や雑木が生い茂り、イブキの木も濃く影を落として、昼間でも薄暗く、不気味な場所であった。今から100年ぐらい前、真っ暗な晩、一人の村人がその道を抜け、家路を急いでいた。イブキの木の横に差し掛かった時、何処からともなく、糸を紡ぐ様な音が聞こえてきた。
キィーカラカラ、キィーコロコロ。
「こんな夜更けに誰だろう?」と、村人が辺りを見回しても、どの家も寝静まっている。
キィーカラカラ、キィーコロコロ。
よく耳を澄ますと、音は木の上から聞こえてくる。暗闇の中、村人は音のするほうを、目を凝らしてよく見てみた。イブキの木の太い枝の辺りが外灯のようにボーッと明るくなっていた。背筋がゾーッとして、その場から立ち去りたいのだが、足がすくんで一歩も動けなかった。
不気味な灯かりに照らし出された辺りには、白い着物姿の女が枝に腰掛け、糸車を回しているのであった。「出たーぁ」と、村人は腰を抜かさんばかりに驚いて、転がるように逃げ帰っていった。この道にはオバケが出るという噂があったが、実際に見たというのはこれが初めてのことであった。それ以来、この道を通る者はいなくなったという。
このイブキの木は近年、道路拡張工事のために切り倒され、その時には美しい赤色の板が何枚も取れた。
(「三州(さんず)の河の住人」皆月斜 山口敏太郎事務所)
参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou