「家庭で調理した弁当を持たせてほしいと、父母たちにお願いしました」
これは、30代後半の私立高校監督の話だ。
栄養のバランスや食中毒のことを考えれば、各家庭で調理したお手製弁当の方が良いに決まっている。しかし、この高校の場合、手弁当はむしろ逆効果であり、父母会の分裂騒動まで巻き起こしてしまった。
日曜日の練習試合でのこと。同監督は部員たちの弁当を覗いてみた。
「だから、部員たちはメシを残すのか…」
食事の量、栄養のバランス、メニューには全く問題ない。しかし、この暑さである。父母たちは弁当がいたむのを恐れ、オカズに揚げ物や炒めものなどを入れていた。部員たちは脂っこさに滅入ってしまい、食が進まなかったのだ。
学校にも相談した。結果、4年前に勇退した前任監督が父母会に要請していた『焚き出し』を復活させることになった。
「ワタシが前任監督の下でコーチをし、監督に上がる際、父母会から『焚き出し当番は負担だ』との相談があり、取り止めになったんです。ワタシ個人も焚き出しをやって、そのために土・日曜日に父母会を招集するのは気が引けましたし、監督の自己満足にすぎないと思っていましたので…」
父母会にも改めて相談し、土・日曜日の焚き出しが復活した。月1回か2回、ローテーション制で父母たちに学校に来てもらい、冷しうどん、パスタ、牛丼などの主食と、サラダ、豚汁などを作ってもらった。その場で食材を切り刻み、出来上がってすぐ食べるのだから、食中毒の心配はない。少しだが、部員たちの食べる量も増えたようだ。父母たちは部員たちの水分補給にも気を配ってくれた。同監督はそれなりの効果を実感していたが、『新たな難題』が舞い込んできた。
「焚き出しに来ない父母がいる…」
熱心な親御さんにすれば、仕事などを理由に当番をサボる一部の父母には腹が立つ。欠席が多い日は「臨時の参加協力者」を探さなければならない。欠席の連絡が入る度に父母会の役員は「急で申し訳ありませんが、明日何とかなりませんか?」と、他の親御さんに電話をする。責任感で電話をした親御さんが恨まれるときもある。また、焚き出しに出られない側にも言い分はある…。
同監督は“臨時措置”として、自分の奥さんや女性教諭にも協力を仰ぎ、1年目を凌いだが、2年目からは仕出し弁当を注文することにした。
「あの監督がしっかりしないから、こんなことになったんだ」
父母会の亀裂は焚き出しがなくなっても修復されなかった。冷たい目線を感じるようになった。父母会の分裂は監督のせいと言わんばかりだ。全ては部員たちの栄養、食の細さを改善するためだったのに…。
高校野球の監督とは、図太いくらいの打たれ強さがなければやっていけない職業なのかもしれない。(スポーツライター・飯山満)