この一報を知った日本のプロ野球関係者の1人が、こう説明する。
「台湾球界は八百長事件によって、一時は存亡危機にも晒されました。ダーティイメージを完全払拭し、再建に向けて必死に頑張っているだけに、中込に対する例外的な措置みたいなものが許せなかったのでしょう」
一部メディアでも伝えられたが、中込は逮捕当初から一貫して「事実無根」を訴えてきた。しかし、求刑直前になると、生活苦に陥った日本の家族を救いたいとし、早期帰国を果たすため、起訴事実を認めるようになった。言い換えれば、「自分は野球賭博に関わっていないが、帰国したいから起訴内容を認める」ということ。台湾球界は中込に不信感を抱き、「帰国したいから認めるなんて言い方では、不正浄化に繋がらない」と怒ったのである。
「八百長に協力しなければ殺すと、ピストルを突き付けられた選手もいました。口のなかにピストルをねじ込まれたなんて裁判証言もあれば、家族が脅迫されたとか、オンナをあてがわれ、そのスキャンダルを公開されたくなかったら、協力しろとか…。ホテルに監禁されるなど、生命の危険に晒された被告人(選手)も少なくない」(前出・同)
野球賭博は『放水』と呼ばれている。
なぜ、根深いのか? ヤクザは台湾にプロ野球が誕生する前は少年野球も賭博の対象にしていたのだ。有望な野球少年を見つけ、高級自転車や小遣いを渡し、手懐けて行く。両親にも賄賂を渡し、完全に子飼いにしてしまう。その子飼いにされた野球少年がプロ野球に進んだのだから、野球そのものが猜疑的な眼で見られるのも仕方ないのである。
「貧富の差が激しい中南米から台湾入りした選手は帰国と同時に豪邸を建てたなんて話もある。ヤクザに囲われた選手が外国人選手に近づき、最初は親切にする。そのうち、ヤクザとの食事に連れられ…」(前出・同)
台湾選手の平均年俸は日本円で100万円。八百長の見返りは「1回40万円」とのことだから、「豪邸が建つ」なる証言もマンザラではないだろう。
前出の日本球界関係者がこう続ける。
「中込を心配しているかつての同僚も少なくありません。帰国後、暴露本が出るとか、台湾球界に関する告発記事が出るといった噂もないわけではありませんでした。暴露本に関する真偽はともかく、元同僚たちの口添えにより、帰国すれば、台湾球界との関係を完全に断ち切ることもできたのに…」
二審の審理は10月以降になるという。それまで中込の帰国は認められない。台湾世論は「中込にも厳しい処罰を」との声が圧倒的だが、こんな見方もある。
「200人以上の選手が怪しいと報じられながら、新たに大物選手が逮捕されることはありませんでした。台湾・馬英九総統は球界の不正浄化のため、公的資金・20億台湾元(約58億円)まで投入しましたが、国民からの信頼を完全に取り戻すまでには至っていません。今後、中込を始め、裁判に掛けられた被疑者を厳しく制裁することしかできないのではないか…」(現地特派員の1人)
また、日本のプロ野球機構も台湾から『難題』を突き付けられていた。アジアシリーズ運営委員会から、「今年度の同大会は日本抜きで行いたい」と打診されている。アジアシリーズはMLB・ワールドシリーズに対抗するため、日本、韓国、中国、そして台湾の4カ国によって新設されたもの。各国の優勝チームがナンバー1を決めるのだが(中国は選抜代表)、昨年は開催赤字、そして、『八百長事件』で存亡の危機に見舞われた台湾球界の影響もあって、昨季は日本、韓国の2カ国のみによるチャンピオンズシップ制に改められた。しかし、4カ国による運営組織はまだ残っており、今年度は台湾が開催国となる。
「日本シリーズの日程と重なるので、開催国の台湾と韓国のみでやりたいと打診があったんです」(関係者)
日本はアジア地区の野球レベルを牽引してきた自負もあり、同委員会の提案を快く思っていない。
「語弊のある言い方になるが、近年、台湾球界に振りまわされている」(同)
台湾・興農牛には、元日本ハム・正田樹、同・井場友和もいる。彼らが自分の身を守る苦労は並大抵ではないだろう。中込の控訴にアジアシリーズを巡る政治的意図はないが、日本の関係者はその一報に複雑な心境を抱いていた。