台東区には、『たけくらべ』(樋口一葉)の竜華寺のモデルといわれる大音寺や、『秘密』(谷崎潤一郎)に出てくる浅草寺の雷門がある。区内各所は夏目漱石の作品にもたびたび描かれている。が、公園や神社仏閣らを除くと市街地が多く、そのためか、国や都・区の天然記念物に指定されている樹木は少ない。
区内に数点しかない天然記念物指定樹木の一つである大イチョウが、蓬莱園(ほうらいえん)の跡地にあると聞いて訪れた。
蓬莱園は、大名庭園だが、現在は残っていない。寛永9年(1632)に、幕府から一帯を与えられた肥前平戸藩主松浦氏が、蓬莱園を築造した。蓬莱園の中心には大池があり、丘が築かれ、各所に樹木が植えられた、趣のある庭園だったという。現在は、高校のグラウンドの端にある池の一部と、大イチョウだけが、かつての景勝地の面影を残している。
蓬莱園跡からしばらく歩くと、神田川に架かる浅草橋に出た。浅草橋のたもとの公園には「浅草見附跡」の碑が建っている。「見附」とは、堀の各所に築かれたやぐらや橋などをいう。「見附」の一番の目的は、外敵の侵入の阻止。江戸城(現・皇居)には、かつて二重の堀が築かれていた。外堀は北の丸付近から始まり、時計回りに本丸などの城郭を取り囲み、神田川に合流して隅田川に流れ込んでいた。浅草橋の対岸は中央区になっており、台東区の浅草周辺は、江戸城の外側に広がる城下町だったことがわかる。
また、浅草橋よりも下流で、神田川が隅田川に流入する河口部に、柳橋が架かっていた。最初の柳橋は元禄年間(1688-1703)に築かれた。渡船で行き来をしていたところ、隅田川の船遊びが盛況となり、不便なので柳橋が架けられたそうだ。(竹内みちまろ)