「何してるんですか?」
私はちょうど、新宿ゴールデン街のある店で飲んでいた。Mはこれから会社の人とキャバクラに行くらしい。私の横には、知り合ったばかりの銀座のクラブ嬢がいたので、行くのは忍びなかったが、このクラブ嬢は酔っぱらっているので、次回、ちゃんとした時にでも話をしようと、連絡先を聞いて、別れることにした。
風林会館近くでMと会社の人たちと合流して、目的のキャバクラへ。でも、どこか覚えがあるビルに入って行く。もしかして、この店って、「大きく外さないための嬢選び」(2010年03月25日)で行った、「外した店」ではなかったか?
「そうですよ。でも、もう一度、来てしまうこともあるんですよ」
Mはにやけながらそう言った。
店に入ると、週末だからか、満席だった。席が空くまで、店内のカウンターで待つことになった。私は暇だったのでビールを飲みながら、銀座のクラブ嬢にメールをしようと、長いメールアドレスを打ち込んでいた。でも、何かが間違っているためか、メールが届かない(結局、一つの文字を読み違えていたことが分かった)
そんなことをしていると、Mのところに電話があった。なぜか、会社の人に電話を渡している。そして電話を戻す。いったい何をしているのか。Mに聞いてみた。
「いや、前に来たときに場内指名した子から電話があったんですよ」
「え?」
「何だって?」
「“どうしてそういうことするの?”って」
「何? どういうこと?」
何があったのか説明しよう。
前回来たときに、Mは私と同じように、これ以上外れのキャバ嬢が来ないように、何人か着いた後に、「まあまあ話ができた最初に着いた嬢」を指名していたのだ。その嬢から電話があったという。嫌な予感がしたMは、隣の会社の人に電話を渡した。すると、
「隣の人に電話代わって」
と言われたのだ。仕方がないのでMが電話に出る。どうして「隣」と分かったのか。それは、入り口付近から、私達がいるカウンターを見ていたからだ。なぜ、そんなことをするのか。私には全く意味が分からない。銀座嬢へのメールが何度やっても届かないことにいらだっていた私は、さらに、この状況に醒めて行ってしまった。
それにしても、初回には「外れない嬢」だったが、2回目に続くと、最も外れたくじを引き当ててしまったようなものだ。
まさか、私がそのときに指名した嬢も同じようなことするんじゃないだろうな? と思って見渡して嬢を探す。すると、気持ちよくカラオケを歌っていた。私がいることを知ってか、知らずか、私とは視線が合わなかった。ほっとした私は普通に会話をしていた。
なぜ、前回Mが指名した嬢が、そんな電話をよこしたのだろうか。もしかして、ポイントが足りなくて、危機感を覚えていたのか。あるいは、指名客が取れないので店側から叱咤された直後だったのか? それとも、場内指名した客みんなに同じような態度なのか。どんな理由にせよ、どんなことでは指名を取れなくなることはわかるでしょう。
ちなみに、この店は、前回指摘したように、営業停止になっている店が、こうしたケースの場合、嬢や従業員の働き口を確保するために、グループの別の店舗に人を集めることがある。そこに、私がかつて別の店で指名した嬢もいるのだ。その嬢と、その日の夕方、メールしたばかりだった。私は、その嬢に、「ファーファー」と呼ばれている。
<ファーファー、元気?>
<まずまずだよ。ところで、今、店が営業停止中だよね?>
<なんで知ってるの?>
<筒抜けなんですよ。しかも、理由は客引きでしょ?>
<さすが、ファーファー!>
といったメールのやりとりだけで、「同伴しよう」とも、「お店に来て」とも、言われていない。このくらいじゃないと、また指名しようとは思いません。押し付けがましい嬢を指名したいと思う客はいないはずだ。
<プロフィール>
渋井哲也(しぶい てつや)フリーライター。ノンフィクション作家。栃木県生まれ。若者の生きづらさ(自殺、自傷、依存など)をテーマに取材するほか、ケータイ・ネット利用、教育、サブカルチャー、性、風俗、キャバクラなどに関心を持つ。近刊に「実録・闇サイト事件簿」(幻冬舎新書)や「解決!学校クレーム “理不尽”保護者の実態と対応実践」(河出書房新社)。他に、「明日、自殺しませんか 男女7人ネット心中」(幻冬舎文庫)、「ウェブ恋愛」(ちくま新書)、「学校裏サイト」(晋遊舎新書)など。
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