その好漢Hが震撼した、恐怖の体験がある。非常に興味深い話であり、筆者としてはさらに詳細を聞き出したいのだが、今まで頑(がん)としてその話をしようとしなかった。
「しゃべるとまた奴らが来るんだよ。どこまでも、どこまでも追いかけて来るんだよ」
「そんな馬鹿な話があるか、俺がついてるよ」
「山口、あの場所のヤバさをお前は知らないからだよ。あそこは呪われている」
「呪われているだって?」
「そうさ、死人(しびと)の村、死人村だよ」
そう言って、教えてくれなかったのだ。
数年前、断片的に聞き出した時は、大変な騒ぎであった。酒の勢いで話し始めたのだが、その後が大変であった。何を呼びかけても答えず、半分失神したようになって病院に入院してしまったのだ。病院では急性アルコール中毒という診断ではあったが、あれは明らかに何かに怯えた様子だった。Hは、30代後半となった今でもその時のことを思い出したくないという。思い出すことを、脳が拒否しているのだという。
数年前、聞き出した怪奇談をここで紹介しよう。当時、Hは寝袋と小型テントを片手に日本中を旅するのが大好きだった。ヒッチハイクで移動し、気楽な旅を続けていた。今で言う廃墟探索ブームの「はしり」とでも言えようか。Hは、さびれた山中の廃村などで野営するのを趣味としていた。
そして、Hが大学3年の夏休みの時、例の村に出くわしてしまった。Hは、もうひとつの趣味である高山植物の写真を撮りに、某県の廃村で一人、野営したことがあった。
その夜、事件は起こった。
深夜テントの中で熟睡していたHは、奇妙な声を聞いた。
(まるで、野獣じゃないか。あの声は何だ?)
恐る恐るテントから出たHは、その声のした方向に探索に行った。
※後編へ続く
(山口敏太郎事務所)