2カ月の長期バカンスである。
共働きの夫婦にとって、久しぶりの休暇であった。
「あなた、久しぶりに海外に行きましょうよ」
「そうだな、羽を伸ばしたいもんな」
だが気がかりな事があった。
二人の間には生まれたばかりの赤ちゃんがいたのである。
「この子がいる限り、海外へのバカンスは無理だわ」
「そうだな、仕方ない」
「まあ、私達のかわいいキューピーさんだもん、仕方ないわ」
「そうだな、わが家のキューピー人形だ」
妻は、かわいい赤ちゃんのために休暇をあきらめる事にした。
だがその後、二人に幸運な情報が舞い込んだ。
なんと休暇中、二人の代わりに赤ちゃんの面倒を見てくれる女性がみつかったのである。
しかも保育士の資格を持っているのだ。
「この女性なら赤ちゃんの面倒をお願いできる」
「よし、たまには骨休みといこうか」
「奥さま、旦那さま、私にぜひ赤ちゃんをお任せくささい。しっかり面倒を見させていただきますわ」
この女性の理知的で、好感の持てる対応に夫婦は安心し、彼女とベビーシッターの契約をし、家の鍵を渡した。
そして、海外へ旅立っていったのである。
しかし、事態は急変する。
鍵を持っていた女性が、交通事故に遭い、他界してしまったのだ。
しかも、二人以外の人は、亡くなった女性が赤ちゃんの面倒を見ることになっていたとは聞いていなかった。
赤ちゃんの行方は誰にも知られぬことなく、2カ月が過ぎた。
2カ月後、夫婦が帰宅した。
「ただいま」
「あれ、ベビーシッターさんがいないね」
よく見ると、赤ちゃんのベットで黒いキューピー人形が横たわっている。
「あら、何かしら」
妻はそのキューピーに近づいた時に絶叫した。
ミルクがもらえず、餓死し、黒くミイラ化したわが子の死体であったのだ。
(山口敏太郎事務所)