金時編では作品のタイトルまで「金魂」に変わっているという徹底ぶりである。単行本の表紙も第1巻と同じ絵柄で主人公が金時に変わっているとの遊び心がある。『週刊少年ジャンプ』連載時には分かりにくかった『銀魂』本来のサブタイトルと「金魂」としてのサブタイトルが目次で整理されている。
掟破りの展開に加えて他作品のパロディなどギャグ満載の金魂編であるが、メッセージ性も強烈である。それは優等生的な金時よりも不完全な銀時に魅力があるという主張である。結末の会話がコミックスでは変わっており、より不完全性の魅力を強調する内容になった。
完璧な人間よりも欠点やドジなところがあった方が魅力的なキャラクターになる。これはキャラ作りの鉄則である。尾田栄一郎『ONE PIECE』第65巻では読者の質問コーナー「SBS」で、主人公のルフィよりも強力な能力者が続々登場していることに対し、著者は「ゴムのような面白さがなければ長く付き合えない」と答えている。バトル漫画でも圧倒的な強さが必ずしもキャラの魅力になるとは限らない。
しかし、単に親しみをもたせるために不完全なキャラにするだけならばステレオタイプ化する。『銀魂』第42巻収録の「漫画という画布に人生という筆で絵を描け」では漫画家志望の持ち込み原稿の主人公が皆、「腹減った」という食い意地が張ったキャラであることを風刺している。
世間的な意味での優等生に魅力はないが、単に欠点を持たせるだけでも面白味がない。欠点や長所でないと考えているものに新たな価値を付加してこそクリエイティビィティである。『ONE PIECE』のルフィは強そうではなくても、面白さという漫画ならではの価値でゴム人間となった。
銀時の不完全性にも価値がある。金時によって修正された銀時の欠点の一つに家賃滞納がある。味方のたまにも家賃滞納を忘れないと言われるほど、家賃滞納は強調されている。家賃を滞納するキャラクターが善玉で、家賃を支払うキャラクターが悪玉である。家賃滞納は一般的には好ましいことではないが、昨今は家賃滞納を口実にした不法が横行し、社会問題になっている。
ゼロゼロ物件などでは僅か一日の家賃滞納に過酷な追い出し屋の嫌がらせや高額な違約金請求が行われている。「家賃を払わない賃借人が悪い」がゼロゼロ物件業者側の論理であるが、債務弁済の遅延が違約金請求という暴利行為や追い出し屋の人権侵害を正当化するものではない。
ゼロゼロ物件被害者は家賃滞納に後ろめたさを感じる必要はない。家賃を滞納し、自己を不完全な主人公と認める銀時のように堂々と業者の不法を訴える資格がある。家賃滞納という属性は親しみを持たせるための単なる欠点というよりも、家賃滞納者の弱みに付け込む貧困ビジネスに対抗する価値を生み出している。家賃は滞納するが、真っ直ぐな魂を持ったヒーローの活躍に今後も期待したい。
(林田力)