今季が転機となる理由は『3番転向』だけではない。『契約』と打撃スタイルの変貌である。
キャンプでの打撃練習だが、イチローは昨季までと違う打撃フォームでバットを振っていた。オリックス時代ほどではないが、イチローは右足を大きく動かしてタイミングをはかるタイプだった。なのに、その右足の動き方が極端に小さくなった。右足を20センチ程度、後に下げるだけ。時にはノーステップでスイングする場面も見られた。
メディアの質問は、打撃フォームの変化に集中した。
「ある動きを省いているということでしょうね」
また、チーム紅白戦では右足を後に引くのではなく、「上」に揚げてタイミングを取っていた。その高さは15センチほど、他打者と見比べても、“ステップ”はかなり小さい。昨季、『11年連続200本安打』に失敗し、打率も2割7分2厘と大きく下げたからだろう。『打撃フォーム』をもう1度、作り直そうとしていた。
試行錯誤の連続、調整段階ではあるが、『打球』を見る限り、ヒットの内容を変えようとしているのではないだろうか。「足で稼ぐヒット」ではなく、内野手の間を抜く、あるいは、その頭上を越える安打を増やそうとしているように見えた。
米国メディア陣の1人がこう予想していた。
「イチローはシーズン中盤以降に調子を上げ、ヒットも量産していくタイプだと思います。今季はマリナーズとの5年契約の最終年ですし、シーズン序盤からヒットを量産すれば、好条件の契約を勝ち取ることもできます」
打撃フォームの改造は契約のためではないが、大きな影響を与えるのは間違いないようだ。メジャーリーグでは契約最終年のシーズン途中に更新されるケースが多い。球団がその選手を残留させたいときはとくにその傾向が強い。また、その交渉が破綻した場合、球団はその選手はシーズン途中に放出し、若手の有望選手との交換トレードをまとめてしまう。イチローとマリナーズのこれまでの関係を思うと、「交渉決裂=放出」はあり得ない。また、トレード拒否権の主張できる『10and5veto』も取得している。
しかし、メジャー球団は過去の実績には高額年俸や複数年契約は提示しない。直近の成績のみを見て判断するといっても過言ではない。昨季、打率を大きく落としているため、マリナーズは新規契約の年俸、期間を決めかねており、「イチローが復調できるのか否か」を見極めようともしている。5月中旬、イチローの打率が3割2分以上をマークしていなければ、「昇給での再契約は難しくなる」(前出・米国メディア陣の1人)とも予想されている。
ただ、イチローの表情は明るい。弟分の川崎宗則がいるからである。3番打者は得点圏に走者を置いた場面で打席がまわってくることも多い。打撃フォームの改造が成功すれば、首位打者のタイトルだけではなく、『打点王争い』にも加わってくるのではないだろうか。
10年連続で受賞してきたゴールデングラフも、昨季は逃した。「守備範囲が狭くなった」「捕球する際のジャンプするタイミングがおかしい」などの指摘も米メディアから聞こえていた。守備面でも復活をアピールしてもらいたい。
※メジャーリーグの選手、首脳陣のカタカナ表記はベースボールマガジン社刊『週刊ベースボール』(2012年2月13・20日号)を参考にいたしました。