今から90年ほど前、愛知県豊田市高岡地区にある農村で天狗火に遭遇した男の話である。その頃の若者の間では、農閑期の夜になると、娘遊び(合コンのようなもの)をする風習があったという。
春の夜のこと、ある男が隣村の娘と遊び、家に帰ろうと一人で村はずれの田んぼのあぜ道を急いでいた。この時代には道は外灯もなく、月が出ていない夜は本当に真っ暗闇になった。男は急に小便がしたくなり、田んぼの真ん中で立ち止まった。その時、東方の森の上に、赤くて丸い火の玉がポッカリと浮かんでいた。
その夜は、月のない上に生憎の雨模様だったので、その光は月ではない。「あれはいったい何だろう」と不思議に思った。すると、火の玉は音もなく、スーッと男の方に飛んできた。近くの林の上に飛び移ったかと思うと、みるみるうちに火が林全体に広がり、辺り一面火の海になってしまった。
男はびっくりして恐ろしくなり、小便をするのも忘れて急いで家に帰った。そして、ブルブルと震えながら、布団の中にもぐり込んでしまった。
翌朝、男が家の者に昨日の出来事を話すと、「それは天狗さんに驚かされたのだよ」と、おばあさんが笑って教えてくれた。
(写真:「天狗」妖怪プロジェクト/GUITAR)
(「三州(さんず)の河の住人」皆月斜 山口敏太郎事務所)
参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou