なぜ彼女たちはそんな嘘をつくのか。それは、「はじめて」のほうが客からのウケが良いからに他ならない。
銀座の老舗キャバクラに勤務していた葉音もその一人だった。21歳にはとても見えない大人びた顔立ちと、成熟した身体つき、慣れた接客の仕方を見れば、「はじめてのお水」ではないのは一目瞭然なのだが、彼女は同僚にまでも嘘を突き通した。
同僚に嘘をつくことで得るメリットはあった。ちょっと失敗しても許されるし、「よくわからなかった」と言ってNo1嬢の客を略奪することも可能だ。幸いにしてその時のNo1嬢は温厚でおっとりした千賀子だったため、何度かこの手が使われ、葉音は入店4か月でNo3まで登り詰めた。
しかし、次第に周囲の目も厳しくなってきたある日、酔っ払った葉音が口をすべらせた。「彼氏が迎えにくる」と。
葉音の彼氏がどんな人物なのか、同僚キャバ嬢たちの興味をそそらないわけがない。きちんと歩けない葉音を支える形で、数人がつきそい彼氏と呼ばれる人物を待った。
そして、現われた男を見て葉音以外の全員が固まった。彼氏として現われたのは、葉音がはじめてこの店に勤務したときに席についた常連客で、その後は店に顔を出していなかった青木だったからだ。
はじめての接客で彼氏を作る事などできるわけがない。
これが発端となって、同僚たちは葉音の本当の姿を探り始めた。
夜の世界は狭いもので謎はあっさり解けた。
葉音はネットワークビジネスにはまり、夜の店で客を捕まえては高額商品を売りつけ続け、名古屋から銀座へと流れてきていたのだった。出来心で葉音を指名してしまった千賀子の客たちが、千賀子に戻ろうとすると商品を売りつけ、口封じをしてから手放した。
そのことをついに千賀子が葉音に言及すると、葉音はあっさり言った。
「もう夜の仕事はしないので許してください」
しかし、名古屋から流れてきた葉音のこと。今もどこかの繁華街で客にネットワークビジネスを持ちかけているかもしれない。
文・加藤京子