そう、私のバースデーイベント…。
当日の朝、高熱が出て行けないなんてことにならないかなと、マラソン大会目前の小学生と同レベルな願望を抱いてみたり、むしろ、誕生日なんて一生来なければいいんだよと、自棄になってみたり。おめでたい日のはずなのに、この仕事をしていると、悪夢の一日でしかない。
来れない客には入口に飾る花を頼んでもらって。バースデー当日に太客を呼べるように営業は調整して。
それもこれも、全部、自分のプライドのため。だって、花も届かず、客も呼べず、売り上げもあげれないバースデーなんて、他の従業員に笑いのネタを提供してるもんじゃん? そこで、オーナーからチクリと刺さる一言を言われちゃったら、それから一年、肩身の狭い思いで働かないといけないのは私だよ? そんな苦痛、死んでも味わいたくない。
だから、普段は適当な営業電話も、バースデーの月は必死でするんだけど、こういうのって普段の行いにでるんだよね。結局、バースデー当日の予約もあまり取れないまま、こうやって前日を迎えたんだ。
「いらっしゃいませ〜!」
煙草をふかしながら待機席に座っていると、まともに顔すら見えないほどの大きな花束を持った男性が現れた。でも、そのおぼつかない足取りで、すぐに川中さんだとわかった。私が営業をかけても絶対に来てくれないくせに、指名がかぶってバタバタしているときにかぎって突然現れる。川中さんは、私にとってタイミングの悪い人だった。
「恵ちゃん、お誕生日おめでとう」
そう言って、川中さんは、さっきまで自分の顔を覆い隠していた花束を私に差し出す。どうして明日じゃないんだろう。本当にタイミングの悪い人だと思いながら、私は笑顔でそれを受け取った。
「あっ、明日も予約入れておいたからさ。…入口に飾る大きな花はもうちょっと待ってね」
「えっ、明日…?」
「バースデーでしょ? 覚えてるよ。でも、俺は素直じゃないからさ…。恵ちゃんが呼んでくれない日に会いたくなっちゃうし、バースデー当日だと他のお客さんもいるから二人っきりで祝えないと思って今日も来ちゃったんだ」
そうやって笑う川中さんの笑顔にウルッときてしまった。同時に、一気に惹かれちゃったよ。この店で働いて、初めてかもしれない。誕生日前夜を楽しみに過ごせる日がくるなんて。
取材・構成/LISA
アパレル企業での販売・営業、ホステス、パーティーレセプタントを経て、会話術のノウハウをいちから学ぶ。その後、これまでの経験を活かすため、フリーランスへ転身。ファッションや恋愛心理に関する連載コラムをはじめ、エッセイや小説、メディア取材など幅広い分野で活動中。
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