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練習の鬼、親心、情熱、『上甲スマイル』

 春のセンバツ大会で2校を『初出場優勝』に導いた上甲正典監督が胆管ガンのため、永眠した。67歳だった。宇和島東高校(愛媛県)、済美(同)の両校を優勝に導いた経歴は説明するまでもないだろう。
 関係者によれば、今夏の甲子園大会中に症状が悪化。入院先の病院で「(明徳義塾の)馬淵(史郎)監督に会いたい」と伝えたという。馬淵氏も多忙なスケジュールを調整し、8月26日に駆けつけたそうだ。甲子園の素晴らしさ、高校野球の苦楽を熟知した2人は、どんな会話を交わしたのだろうか。日本中の高校野球関係者は1日も早い回復を願っていたが、9月2日午前、名将は帰らぬ人となってしまった(同4日の葬儀・告別式)。

 2005年12月だった。筆者は名将・上甲正典監督に叱られた。
 済美高校野球部を創設3年目で全国制覇に導いた翌年のことで、その練習内容や教育方針について取材を申し込んだ。
 「いいよ。グラウンドに直接おいで。いつ来るの?」
 電話で取材主旨を伝えるなり、名将は驚くくらい気さくに応じてくれた。「高校野球ファンを魅了した、あの名将が会ってくださる」−−。興奮してしまい、思わず、「明日行きます!」と返した。
 出張取材の準備なんかしていなかった。こんな急展開で取材が決まるとは思っても見なかったからだ。大急ぎで愛媛行きの飛行機とビジネスホテルを抑えたものの、直前での手配だったため、割安サービスを利用できず、手痛い出費となった。だが、お金には変えられない『貴重な取材機会だ』と自分に言い聞かせていた。
 「珍しい記者さんだね。皆、大会前とか実戦練習をやっているときに来るんだけど」
 優しく出迎えてくださった。穏やかな口調だったが、TV中継で見た『上甲スマイル』とは違う威厳が漂っていた。
 上甲監督の練習は「冬場のトレーニングにも特徴がある」と紹介されていた。何十種類にも及ぶ基礎体力系のトレーニングメニューをはじめ、ボート漕ぎ運動のマシンやジムマシンなど最新機具も取り揃えられ、その一方で、冬場とは思えないようなノックの雨も降らせるという。
 最新式と昔ながらの練習の両方を、かつレパートリー豊富な練習メニューの組み合わせを毎日変えながら、球児たちを鍛え上げていく−−。そんな“上甲野球”を見たかったのが、野球シーズン外の取材理由だった。

 「高校野球は実質2年半しかない。その2年半、どれだけたくさんの有意義な練習をするか…」
 「練習にはそれぞれ目的がある。なぜ、こういう練習をさせたのか、子供たち(教え子)が自分で考え、理解しなければ」
 そんなことを話してくださった。

 ブルペンを見ると、プレートとホームベースの間に芝を植えられているところもあった。芝はベースの幅でマウンドまで伸びており、この芝生を見れば、自身の投球がストライク・ゾーンに入っているのかどうか一目で分かるよう、工夫したのだという。グラウンドには同監督ならではのエッセンスも散りばめられていた。

 予定の2日間の取材を終え、筆者は練習終了を待って、上甲監督にお礼を伝えた。
 「駅まで送っていくから待っていなさい。タクシーを呼んである? 断りなさい。話があるから」
 車に乗せていただくなり、私は素晴らしい訓示をいただいた。「マジメで大人しい教え子がいちばん心配なんだ」と切り出すなり、
 「マジメすぎると、どうなると思う?」
 と、こちらに聞いてきた。
 こちらがしどろもどろしていると、こう諭してくださった。
 「何でも『はい、はい』と返事をするだけだと、自分が損をするんだよ。自分ができることとできないこと、必要以上の、必要でないことで無理をしようとすると、自分が窮屈な思いをしたり、辛い思いをしたり…。結局、自分が損をするんだよ」
 上甲監督は筆者のぎこちない質問ぶりから、慌てて東京からやってきたことを見抜いていたのだ。「ちゃんと準備をして、また来なさい」−−。
 筆者は自分をマジメで大人しい性格だとは思っていないが、自分の意思を相手に伝えること、準備することの大切さを教えられた。冬場の厳しい練習とは、春の野球シーズン到来に備えた準備なのである。
 興奮して「明日行きます」なんて言わず、きちんと準備をして臨めば、もっと有意義な取材ができたはずだ。私は貴重な取材機会を台無しにし、「損」をしてしまったのだ。

 プロ注目の右腕・安楽智大投手が昨春の甲子園で772球を投げ、右肘を痛めた。米メディアは愛媛県の済美高校までやってきて、『投球過多』だと批判したそうだ。
 だが、筆者はこんな光景も目の当たりにしている。捻挫、炎症などの故障を抱えた教え子が「今日は練習を休みます」と申し出れば、「分かった」のひと言で全て認めていた。
 指導者として、これ以上続けさせるべきではないと判断すれば、「今日は辞めておけ」とも伝えていた。
 「練習できるかどうかも、自分で判断しなければダメなんだ」
 肉体的な限界を、気持ちで乗り越えなければならないときもある。だが、安楽投手に限らず、教え子の将来を考えながら、無理をさせてもいいときなのか否かも見極めていた。

 練習の責任者は監督、試合は厳しい練習を乗り越えた教え子たちが主役。『上甲スマイル』には、そんな意味も込められていたように思う。夏の予選後に部内イジメも発覚した。心労はもちろん、無念な思いも強かったのではないだろうか。冬場の厳しい練習は、シーズン到来に向けた準備期間。準備を怠らないことの大切さ…。心からご冥福をお祈り申し上げます。(スポーツライター・美山和也)

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