辛いものが昔から苦手でした。僕は大の甘党ですからチョコレートやアイスクリームが大好きですし、カレーを食べるときも、甘口ばかり。辛いという感覚は味ではなく痛みでしかないという認識が僕の中にはあったのです。
ですがある日、辛いものが大好きな友人の誘いを断りきれず、激辛がウリのラーメン店へと連れて行かれました。もちろん僕は一番辛さの優しいものをオーダーしたのですが、それでも舌に痛みを感じ、やはり自分には合わないなと実感いたしました。
そんなことを思っている時、私の隣のカウンター席に見知らぬOL風の女性が座りました。そして激辛ラーメンを食べ始めたのですが、その女性はしばらくすると「ハァ…、ハァ…」と悩ましい吐息を店内に轟かせながら、汗を垂らして必死に麺を口の中に運んでいるのです。その姿はまさに一流のアスリートのような、神々しい美しさでございました。
それ以来、辛いものを食べると反射的に、脳内であの女性の仕草が再生され、気が付くとその光景を求めて僕は激辛店に1人で通うようになっていたのです。さらにこの辛さから来る痛みを快感に思えるようにもなってきました。辛いものはクセになるとはよく聞きますが、僕の場合、脳や身体に刻み込まれた様々な刺激体験が脳内物質の排出を加速させ、全身を多幸感で包んでくれているのです。
(取材/構成・篠田エレナ)
写真・javiergzlez