大自然に囲まれた農業高校生活は読者の大多数を占める都市生活者の対極的な生き方である。主人公の八軒自身も都会的な価値観の中で夢を失い、農業高校生活の中で生きる意味を見出していく。しかし、本書は単純な都会にはない農村の豊かさという二項対立で終わらない奥深さがある。夏休み中に八軒は複数の農場を見学し、乳牛を殺す方針も農場によって様々であることを知る。
畜産の答えが一つではないという現実は、自分が可愛がって育てた家畜を自らの手で殺せるかという難題を抱える八軒をますます悩ませることになる。家畜の屠殺は残酷であるが、「経済動物と割り切ることが正しい」という回答が外部から与えられ、それに従うことが正しいならば決断は楽になる。
しかし、生産性を重視する農場がある一方で、経済動物でも大切にする農場もある。作中では相違を描くだけで、優劣は論じない。そもそも正解は一つという発想自体が都会的な価値観であり、八軒を苦しませてきたものであった。畜産農業にも様々な形があるという多様性こそが農業の豊かさを示している。
同日に同じ『週刊少年サンデー』で連載中の青山剛昌『名探偵コナン』第74巻も発売された。この巻では前巻で登場した新キャラクター・世良真純の謎が深まる。初登場時は本堂瑛祐の再登場かとミスリーディングもした世良であるが、正体は男性に間違えられる容姿の女子高生であった。一人称は『ボク』のボクっ娘である。高い推理力の持ち、コナンのライバルとして登場しつつも、この巻ではコナンの観察者に徹している。何故か灰原哀にも関心を持っており、コナン達の敵か味方か気になるところである。
世良真純(せら ますみ)の名前からはアニメ『機動戦士ガンダム』の登場人物セイラ・マスが想起される。セイラの兄は赤い彗星シャア・アズナブルであるが、コナンに登場したFBI捜査官の赤井秀一が「赤い彗星」とシャア役の声優「池田秀一」からネーミングされたことは有名な話である。ここからアニメ『名探偵コナン』の赤井の声優も池田が担当している。
赤井とシャアのオマージュを踏まえるならば、世良の名前も意味深くなる。世良は沖矢昴やFBI捜査官のアンドレ・キャメルからは警戒され、ジェイムズ・ブラックは写真だけで世良を女性と見分けるなど何かを知っている様子である。FBIとも接点がありそうな世良が黒の組織との対決の中でどのような役回りになるか注目である。
(林田力)