なぜならば、法律(「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」の附則十八条)に、そう書かれているためだ。
同法律の附則十八条の「消費税増税の条件」は複数あるが、鳥瞰すると「デフレ脱却」が消費税増税の条件になっている。本連載第27回で解説した通り、政府の税収は「国民の所得の合計」である名目GDPと強い相関関係にあるためだ。
国民は労働し、所得を稼ぐ。その所得から政府は税金を徴収する。デフレという「国民の所得が増えない時期」に増税を強行すると、国民は消費や投資を減らす。消費や投資が減ると、当たり前の話として「誰か」の所得が減ってしまう。所得とは国民が働き、生産したモノやサービスに対し、誰かが消費や投資としておカネを支払ってくれて初めて創出されるためだ。
デフレ期に政府が増税し、国民の消費や投資が減ると、税金の原資である所得が減ってしまう。すなわち、国民の所得の合計である名目GDPが減る。名目GDPが減少すると、政府は増税しても、いや「増税したからこそ」却って減収になってしまうのだ。
まさに「政府が増税した結果、減収になる」愚行を演じたのが、'97年の橋本政権による消費税増税だ('97年に増税した結果、翌年に政府が減収になった)。
'97年に一度失敗している以上、次なる消費税増税に際し「デフレ脱却」を条件にしたのは、これは当然すぎるほど当然なのである。問題は、この「デフレ脱却」の定義だ。
一応、附則十八条には「名目GDP3%、実質GDP2%の成長」と数字が記載されているが、これはあくまで努力目標である。名目GDP成長率が3%に達していなくても、政府が「デフレ脱却した」と強弁することはできないではない。
ところで、努力目標で「名目GDPの成長率が、実質GDPの成長率より高い」ことには意味がある。
名目GDPの成長率が、実質GDPのそれを上回るということは、GDPデフレーターがプラス化しているということだ。確かに、GDPデフレーターがプラスになっているのであれば、デフレ脱却(一時的でも)と言えなくもない。
GDPデフレーターとは、「名目GDP÷実質GDP×100」で計算される物価指数になる。GDPデフレーターがマイナスということは、我が国の物価がいまだに下落局面にあることを示している。すなわち、デフレ継続だ。
我が国のGDPデフレーターをグラフ化してみると、かなり衝撃的である。
四半期ベースで見た日本のGDPデフレーターは、'98年のデフレ深刻化以降、わずかな例外期を除き、常に下落を続けている。紛うかたなきデフレーション、といったところか。
GDPデフレーターが下落しているということは、名目GDPが実質GDPほどには成長しない時期が継続しているという話だ。少なくとも今年の第一四半期までは、消費税増税の条件を全く満たしていないのである。
ちなみに、日本のGDPデフレーターは「失業率」と極めて強い相関関係にある。GDPデフレーターを「インフレ率」と定義すると、
「インフレ率が低い時期は失業率が高く、インフレ率が高いと失業率が低い」
という傾向が見られるのだ。日本のGDPデフレーターが対前年比でプラス2%になると、我が国の失業率は「ほぼ完全雇用」と言っても過言ではない2%前半に下がる。
別に、筆者は現在の日本が消費税を増税する必要があるとは全く思っていないが、法律に則り消費税を上げるならば、GDPデフレーターを最低1%のプラスに持っていく必要がある。さらに、我が国で「完全雇用」を実現するためにも、GDPデフレーターを押し上げていく必要があるわけだ。
ところが、本稿のような「事実」を日本国民が知らない場合、増税至上主義の財務省や手下のマスコミが、「実質GDPの成長」を理由に消費税アップを図ってくる可能性がある。実質GDPが成長したところで、名目GDPの成長率が下回る(GDPデフレーターがマイナス)では、デフレ脱却どころか「デフレ深刻化」だ。
実質GDPの成長率に目を奪われ、GDPデフレーターがマイナスの状況で消費税増税を強行すると、我が国はまたもや長期デフレの泥沼の中に引きずり込まれることになってしまうことになる。
一応、自民党政権の首脳たちは過去に「デフレ脱却前の消費税増税は有り得ない」と繰り返してきた。とはいえ、「デフレ脱却の定義は、GDPデフレーターが安定的にプラスになることだ」などと、明確化していたわけではない。ここに、財務省やマスコミが付け入る「隙」が生じる。
繰り返しになるが、GDPデフレーターがマイナスの「デフレ期」に増税をしても、国民の所得が縮小し、政府は減収になる。
すなわち、財政悪化である。
日本国民のさらなる貧困化や財政悪化を防ぐためにも、国民一人一人が「GDPデフレーター」「名目GDP」といった指標の意味を正しく理解し、政治家に対し「正しい意見」をぶつける必要があると考えるわけだ。
三橋貴明(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、わかりやすい経済評論が人気を集めている。