東京の下町に一組の夫婦がいた。夫は粋な人形職人で、伝統人形の工房で腕を振るっていた。また、妻は質素ながらも、しゃれた着こなしができる良い女であった。
二人の住む家はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、妻の祖母の代から使われている日本家屋であった。時代がかった住まいに、ばりばりの江戸っ子夫婦は妙にマッチし、地元で評判のオシドリ夫婦であったという。
だが、世の中そうそう、うまくはいかないもの。夫婦仲は良かったのだが、不思議に二人の間に赤子が生まれてこなかった。
「子供がほしいもんだねえ、お前さん」
「まったくだ、何でおいらのとこには赤ん坊が来ないんだ」
いつしか、子供がいないことを嘆くのが、夫婦の口癖になっていた。
ある時、日本橋の水天宮にお参りすることになった。二人はいつものように子供が授かるように必死に祈りを捧げた。すると、不思議な事に10カ月後、二人には玉のような男の子が誕生した。
「さすが、水天宮さまだ、御利益があるぜい」
「本当ですね。退院したら、お礼参りに行かないと…」
夫婦の幸せはいつまでも続くかに思えた。
が、初七日の神社にお参りに行った帰り、街角に座る老人の占い師から不吉な予言をされた。
「かわいそうにのう、この子は7才までに水の難に遭い、死ぬだろう」
その話を聞いた両親は顔色を変えて、聞いた。
「どうっ、どうしたら、この子は助かるのでしょうか」
「そうさな〜。水の難で死ぬんだから、私が親なら水、つまり、海やプールには連れて行かないよ。それしか方法はないね」
この死の予言を恐れた両親は子供を海、川はおろか、プールや釣りに行くのも禁止した。また、池がある公園で遊ぶ時には、母親が常に見張る徹底ぶりであったという。
「どうして、僕はいつもそうなのさ」
「これも全ておまえのためなんだよ」
不満を述べる息子に両親は、ただただ頭を垂れるばかりであった。
しかし、ここまで厳重に注意したにもかかわらず、息子は7才になろうとする頃、水死してしまった。
現場は、あの愛すべき自宅であった。しかも、自宅の風呂や庭の池ではない。何と家庭の洗面所で死んでしまったのだ。
ある朝、息子が顔を洗おうと、洗面所に張った水に顔をつけたところ、男の子の顔がすっぽりと、はまってしまった。
ちょうど、蛇口と洗面所の水受けの間にロックされる形で頭を固定され、わずか数リットルの水で水死してしまったのだ。
(監修:山口敏太郎)