激しい雨の夜、川が増水するとやがて、「ヤロカ、ヤロカ(欲しいか、欲しいか)」という声が川の上流から聞こえてくる。この声に答えて「ヨコサバヨコセ(貰えるのなら頂戴)」と叫ぶと、瞬く間に川の水が増し、その答えた村人のいる村は一瞬のうちに水に飲み込まれてしまう。また川面に赤い目や口が見えることもあった。
遣ろか水の正体は、暴風雨の夜、暴風による風の音が、「ヤロカ、ヤロカ」と聞こえた為と推測される。この話は、『まんが日本昔ばなし(679回放目)』においても昭和63年12月10日に放送された。
遣ろか水は愛知県、岐阜県の木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)流域一帯で現れた。特に木曽川流域では、常に洪水の危険性があり、洪水に対する人々の不安から妖怪化したともいわれる。木曽三川流域一帯では、度重なる水害のため、お手伝い普請として薩摩藩が治水工事(宝暦治水)を行った。その名残が石田の猿尾(木曽川から支流への水の勢いを弱める突起堤防)である。このような治水工事にも関わらず、水害は殆ど減らなかった。そのため、水にまつわる伝承や伝統行事などが多く残っている。「ヤロカの大水(遣ろか水)」はそのような伝承の一つで、山奥から「ヤロカ、ヤロカ」という怪音声が聞こえてきたため、それに答えると洪水が起きたというものである。
実際に発生した事例は慶安3(1650)年9月1〜2日に尾張国、美濃国で発生した大洪水や貞享4(1687)年8月26日に加茂郡取組村で発生した大洪水灘がある。
また明治6年に愛知県犬山市にある入鹿池の堤が切れた時にも、やはり「ヤロウカ、ヤロウカ」という声が聞こえたといわれている。
(皆月斜 山口敏太郎事務所)