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堀越日出夫の「私、テレビの味方です」 真野恵里菜に萌える理由

 先月29日に発売された『世界はサマー・パーティ』がウイークリーにてオリコン初登場10位となかなか好調な“まのえり”こと真野恵里菜(18)。先月も彼女のことを取り上げたのだが、少々説明を補足したいところがあるので、しつこいようだが今回も取り上げさせていただきたい。

 先月、まのえりをどう評したかというと、「程よく上手くないことが魅力」というような主旨のことを書いた。どういうことかというと、『ミュージックステーション』で『はじめての経験』を歌うまのえりの歌唱力が適度に未熟だった(適度さのサジ加減が重要なのだが)。この未熟さこそ“萌え”の正体であり、アイドルの魅力そのものである、というような意味だ。
 もうちょっと説明しよう。アイドルが好きだということは、その時点で歌がめちゃくちゃ上手いとかダンスがバキバキに出来るとかいう「スキル主義」から自由でなくてはならない。だって、スキル重視ならば、もっと完成度の高い他ジャンルを見ればいいわけで。だから、アイドル歌手はレッスンなんかしない方がいい。

 ところが、だ。世間的にアイドルといえば、歌が下手とかいうレッテルを貼られてしまいがち。そこに対して反論したいがゆえにアイドルファン側が、あるいはアイドル歌手の作り手側がスキルに反論の材料を求めたがる。「決して下手じゃない!」と言いたいがために。そういった矛盾が生じてしまう。
 これは自戒も込めているのだが、スキルに対するコンプレックス、いわば“スキル・コンプレックス”から解放された方がはるかにアイドルを楽しめるのだ。
 たとえば、完璧な顔立ちで、スラッとしたモデル体型で、歌もダンスも一流で、東大卒で…みたいな人はアイドルとしては大成しない。なぜならばスキルに満ちあふれているからだ。我々が後押ししなくても、もう出来上がっちゃっている完成品だからだ。完成品を崇めるのは大人の女性であって、男性アイドルファンは見向きもしない。
 先月31日深夜、『音楽戦士』にてまのえりがエレクトーンを前奏だけ弾いて、やや不安げに(この「不安げ」もまた未熟さの象徴)センターに走り出したのを見て、そう思った。

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