「『倒れる女っていったい何だ』と思うかもしれないですが、そう表現するしかなくて…。大学のゼミが同じで付き合った彼女は、目立つタイプの美人というわけではないですが、かわいらしくて、守ってあげたくなるようなタイプ。ほかの女性には『男に好かれるようにキャラを作っている』と言われて嫌われていました。だから、かえって彼女のことを守ってあげたくなりました」
だが、彼女には嫌われるだけの理由があった。
「彼女は、ときどき倒れることがあったんです。誰かにきついことを言われたりすると、ゆっくりと倒れて、『ショックで腰を抜かしてしまったの』と言っていました。さすがにやることが大げさだなとは思いましたが、彼女のことは好きでしたから、そういった一面があっても別にいいかと考えてしまっていました」
そのうち、彼女はある漫画のキャラクターの名前のあだ名がつけられたという。
「ある大人の女性向け漫画に『自分の都合が悪くなるとすぐに倒れる』という、読者から嫌われている悪役の女キャラクターがいて。その漫画を連れに読まされたときに、正直『あっ、このキャラクター、彼女のまんまじゃん』とは思いました。でも、彼女に似ているとされる、その女のキャラクターすら、当時はかわいく思えてしまったんですよ。恋は盲目っていうやつでしょうか」
ところが、その百年の恋も一時に冷める瞬間が訪れた。
「ゼミの人間が彼女の悪口で盛り上がっているところに、自分と彼女がたまたま通りかかってしまって。例によって、彼女はいつものような倒れ方をしようとしましたが、あまりにも勢いよく倒れてしまい、頭を打ちつけたんです。数分間彼女は倒れたままだったので、これはさすがにまずいと、救急車を呼ぼうとしたところでした。彼女は起き上がると、『ここはどこ?私は誰?』と、明らかに演技だと分かる寒いことを言い出して…いくらなんでも、冷めてしまいました。別れ話のときもわざとらしく倒れられましたが、構わずに別れましたね。まあ、大学を卒業して社会人になってからも、なんだかんだで彼女とは連絡をとっているので、自分も完全には彼女のことを見放してはいないのですが」
元カレが完全には見放していないという時点で、“倒れる女”にとっては満足なのかもしれない。
文/浅利 水奈