―サッカーを始めたころから、プロを目指されていたのでしょうか。
目指してはいませんでした。目の前のことをこなしていたら、プロが見えてきたという感じです。始めたときも、好きで始めたというわけでもなく、なんで始めたのか記憶も曖昧です。自分にあっているのかも分かりません。
できることが増えていくのが、やりがいにつながっていました。僕は静岡出身で、ジュビロ磐田の下部組織でプレーしていました。大学からはプロの組織ではなく大学のチームでプレーしていたら、当時J2の京都パープルサンガに声をかけていただいて。それが縁で、入団しました。
―選手時代に影響を受けた選手やコーチ、監督はいらっしゃいますか。
サンガ時代、大黒将志さんは一緒にプレーしてすごい選手だなと感じました。下にも要求がすごいです。文句を言われるわけではないですが、「もっとこうして」とか「俺を見ろ」とか。でも。パスを出すと点を取ってくれるんです。まさにストライカーという感じで、一緒にプレーしてやりやすかったです。いろいろな選手とプレーしてきましたが、一番プレーしやすい選手でした。大黒さんからしたら、全然違うかもしれませんが(笑)
―プロになれる人と、才能があってもなれない人の違いはなんだと思いますか。
僕は目の前の課題をこなしていくタイプでした。プロになる選手たちは子どものころから世界でプレーするイメージや、プロになってどんな活躍をしているかイメージができているんです。成長した自分から逆算していき、今の自分に何が必要かを考えて、練習しているんでしょうね。
多分同じように練習しても追いつけないし、僕の想像がつかない練習や準備をしてるんじゃないかなと。勝手なイメージですけど。各世代で僕より上手い選手はたくさんいました。でも、他のことに逸れてしまって、結局辞めてしまう人も多かったです。続けられるかどうかじゃないのかなと思っています。
―ピカピカに入社したきっかけを教えてください。
プロを引退して、次何をしようか悩んでいるときに、同じチームの先輩が「ニュースポ」というアスリートのセカンドキャリアを支援する会社を経営している小澤剣人と知り合いで、先輩を通じて相談に乗ってもらいました。
それから2年ほどして、京都に出てまた小澤と食事することになり、入江慎也さんと知り合いということで「ピカピカ」という会社を知りました。入江さんは、セカンドキャリアで清掃業をされています。
自分もプロを辞めて、京都に来る前にたまたま清掃業をやっていたので、「現場の責任者やってみないか」と誘われました。それがきっかけですね。現場の責任者ということで、スケジュール管理や見積もり、人をそろえるなど基本的な業務は全部担当しています。
―前職はどのような清掃業だったのでしょうか。
前職は「美装屋」とか「洗い屋さん」とよく言われるんですが、建設業界に近いです。新築の家やマンションが建つとき、いろいろな仕事の方が工事に入ります。そこで、最後に工事の仕事の汚れを落して、引き渡します。そういうジャンルの清掃業にいました。
―サッカーや前職などで困難にぶつかった際、どのように対処されてきましたか。
難しいですね。自分の中にこう乗り切るとかすごい策みたいなのはなくて、諦めずに挑み続けるですかね。辞めずに続けることで、乗り越えられるチャンスや人との出会いのような転機が訪れます。そのタイミングやチャンスがきたときに、逃さないように準備をしておくという感じですね。
―今後挑戦したいことを教えてください。
妻が猫と暮らしていたので、初めて猫と暮らしているんですが、動物の保護活動をしたいと思っています。動物が好きでテレビで動物番組が流れているとついつい見ちゃいます。ああいうことをしようと思うと維持費がかかるので、まずは仕事を頑張ってお金をためたいです。
プロを辞めたあと、たまたまやっていた清掃業の経験が生きた形だ。動物保護活動は、慈善事業で他のところでの利益が必要となる。夢を実現させるためにも、仕事がうまくいくことを祈るばかりだ。