「さあ、アントニオ猪木!ほぼリングの中央で、この巨人、アンドレ・ザ・ジャイアントにキーロックを浴びせております。苦しそうな表情になりました、アンドレ・ザ・ジャイアント!おーっと、苦し紛れに、アンドレ・ザ・ジャイアント、2m23cm、260kg!この巨体が立ち上がりました、まさに人間山脈であります!猪木がキーロックを外さない!まるでアンドレ・ザ・ジャイアントは引っ越しの荷物を肩口に乗っけてるような状態になりました。しかしながらキーロックが決まっている、苦しい苦しい、アンドレ!さあ、あとずさっている、あとずさっている。さあ、コーナーポスト上段に猪木を乗っけるかたちになりました!何を思ったか、アントニオ猪木!まっさかさま、頭からほぼリングの中央に突っ込んでいく!ダイブした!腕を外さない!アンドレはたまらず一回転!ドスンという鈍い音!さあ、ここからどう攻めていくか、猪木ー!?」。これは猪木さんと“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントの試合を即興で実況したもの。古舘アナは近年、自身のトークライブ『トーキングブルース』でアントニオ猪木実況漫談というコーナーを設けており、自身が実況を担当する前に行われた猪木さんの名勝負を漫談形式で実況してきた。
「どうして猪木さん、猪木さんの試合、湯水のように言葉が出てくるか。新人アナの頃、僕にはわかりませんでした。少し経ってからわかってくるようになってきました。そう、アントニオ猪木の頭の中には、試合のイメージが必ずある。そして、猪木の頭の中には必ず物語がある。だったら、私はアントニオ猪木の頭の中に入っていって、そしてそのイメージや物語を汲み取って、通常の言葉に転換をし直して、リング下、放送席でしゃべり続ければいいんだ。そうだ、アントニオ猪木という存在は肉体言語なんだと、ある時思いました。そこからはもう、止まりませんでした。だからこそ、レスラーが反則行為のナックルパート。この通常の表現が猪木さんの場合だけは、弓を引くストレート!怒りの猪木、鉄拳制裁!さまざまな物語が生まれてきました」と実況時代を振り返った古舘アナ。
報道ステーションのメインキャスターを務めるにあたり、猪木さんとは疎遠になったそうだが、降板後に猪木さんから電話が入り、再び交流を深めるようになったという古舘アナは「猪木さん、少しは楽になりましたか?猪木さんが旅立つ4日ほど前、私はお見舞いに行きました。もう、ほとんど猪木さんはしゃべれない状態でした。ベッドに横たわっている。猪木さんを少しでも楽にさせる言葉、これが見当たりませんでした。私はただただ心の中で、猪木さん、猪木さんの周りにはまだいっぱい、猪木さんが魅力的な人間だから、いっぱい周りにいる。けっして一人では死なせないよ。この言葉だけを心に秘めて、むくんだ猪木さんの足をずっとさすりました。お見舞いに帰る道すがら、私はつくづく思いました。若き全盛期、アントニオ猪木、125kgのすばらしい肉体。今は齢79にして、60kg台にまでやせ細った。食べることはできない、しゃべることはできない、動くことができない。そんな三重苦、僕は帰りながら、早く迎えに来てくれと思いました。そして同時エゴイズム、少しでも猪木さん、生きてくれとも思いました」と猪木さんの闘病生活についても語った。
最後に「アントニオ猪木が旅立ってから、およそ5か月と1週間あまり。長い旅路、今この此岸から彼岸への花道。ゆっくりと猪木が背中を見せながら遠ざかっていく。思えばこの背中に、幾多のイメージがありました。そして、この闘魂ガウンの背中に、数多の物語がありました。全てを見せつけ、全てを抱え込んで、今猪木がゆっくりとあの世界へと進んでいきます。猪木!今我々に、一瞬振り向いた!無言だ。またきびすを返して、進んでいく。猪木の身体が小さくなっていく。深く深く感謝します。猪木さん最後まで肉体のブルースを奏でてくれて、ありがとう。アントニオ猪木、そして、さようなら猪木寛至さん」と結んだ古舘アナの言葉に、場内からは涙を浮かべる関係者やファンが多数いた。古舘アナは今後も猪木さんを語り継いでいく意向だという。
(どら増田 / 写真提供・新日本プロレス)