在宅医療のスペシャリスト・長尾和宏の同名ベストセラーを映画化した本作。在宅医師・河田仁(柄本)は、家庭崩壊寸前の危機にさらされながらも、毎日仕事に追われていた。ある日、肺がん患者・大貫敏夫(下元史朗)と出会う。敏夫の娘で彼を介護している智美(坂井真紀)は、痛みを伴いながらも延命治療を続ける入院ではなく“痛くない”在宅医療を選択。河田にすべてを託すが……。
『痛くない死に方』は、死を目の前にしたとき、どんな選択をすれば“自分らしく”生きていけるのか、深く考えるきっかけを与えてくれる物語である。今回は、映画公開を記念して智美を演じる坂井にインタビューを実施。作品のことはもちろん、共演者のこと、仕事術まで幅広く伺った。
ーー脚本を読まれた感想から教えてください。
在宅医療や介護に近づいている年齢ですし、友人たちからもそんな話を聞くようになったので、“ある架空の家族を演じるんだ”という距離感を持って台本を読むというよりは、自分にも起こりうることだと思って読みました。
ーー坂井さんが出演している前半のエピソードは、原作・医療監修の長尾和宏さんの実体験ではなく、長尾さんが「痛い在宅医」という著書で対談した方の実話がベースとのこと。坂井さん演じる智美になるために、どんな役づくりをされましたか?
実際に長尾さんが現場についてくださったので、できるだけリアリティが出るように「こういうときはどうなんですか?」「ご家族はどういった感情になるんですか?」と細かくお聞きしました。台本も淡々とドキュメンタリー映像を見ているかのように書かれていましたので、たくさん確認させていただき、お芝居の参考にさせていただきました。
ーー献身的に父親を支えつつも、時折、いら立つこともあるなど、介護シーンがとてもリアルでした。どういった気持ちで演じられたんですか?
集中して朝から晩までずっと撮影をしていたので、自分も疲労してくるし、(作品の中で)目の前には具合の悪い父親もいて。現実かどうか錯覚するわけではないですけど、感情は積み重なっていきますよね。だから目の前の状況に本当にイラつきました(笑)。もちろん、お芝居ではありますけど、本当に腹立たしいし、不安だし、泣きたくなっちゃうし……。自分の感情というものが隣り合わせにあった撮影だった気がします。“もし自分の親だったら”って考えられずにも
ーーこうした重い役は、役から降りた後もプライベートで引きずることはあるんですか?
基本的に引きずることはないんですけど、その役に入っている時は、(心の中に)役の卵みたいなものがあるので、どこか違った自分を連れている感覚はあります。さっき笑っていたのに急に役に入れるお芝居ではないから、そういった意味では気持ちが重い方に近かったのかもしれません。
ーー坂井さんは、在宅医療は『痛くない死に方』だと思いますか?
病における痛さは別として、本人が望むのであれば、それは痛くないことになるのかなって思います。
ーー撮影に入る前とクランクアップした後で在宅医療に関するイメージは変わりましたか?
想像でしかありませんがとても大変なことだろうと思っていたことが、お芝居の中でですが体験し、寝られない状況や不安な気持ちなど、擬似体験をした感覚になりました。ただ、家族の死は悲しいことだけど、誰にでも訪れること。私も家族に迷惑をかけて死にたくないという思いが一番にきますが、どこかで“家族なのだから迷惑をかけてもいいんだよ”って。
この表現が正しいのかは分からないですけど、死ぬのにもすごく力がいるものだと実感した部分もあるので、“介護大変”というよりは、大変だけど、みんなで頑張らなきゃいけないものなのだと感じました。生まれるときも「めでたい」って言われたのだから、やっぱり家族を送り出す時も、辛いことを乗り越えて、うまく言えませんが、前向きに進めるものであればいいなって。
ーー主演の柄本さんとは初共演だそうですね。どんな印象を持たれましたか?
いつも楽な感じ。ガチガチに決めてくるわけではなく、楽に現場にいらっしゃって、そこの空気に漂うようにお芝居をされている印象です。“どんなキャラクターでくるんだろうな、この先生”って思っていたんですけど、フラッとくる感じがすごくリアリティがありました。
ーー医療関係者の成長や苦悩も描かれている本作ですが、坂井さんの人生で“成長できた”と思ったターニングポイントを教えてください。
子どもが生まれたことは大きいかもしれないです。子どもの姿を見ていると、もうひとつの人生を私も一緒に歩ませてもらっている気がして、子供と一緒にはじめてのようなはじめてでないような体験をして、子供が一つ学ぶたびに私も一緒に学んでいます。なにがなんでも守りたい子供の存在は大きいですし成長せねばと思う毎日です。
ーー昨年は節目となる年齢を迎えられましたが、今後、女優さんとしてどんな目標や夢を持たれていますか?
若い時は出たい作品やご一緒したい監督への強い思いに溢れていましたが、今は、1シーンでも私が必要と思ってもらえることがすごくうれしくて。だから、呼ばれたからにはいい仕事をしたい、そしてそれを大事に積み重ねて、素敵なおばあちゃんを演じられる女優になっていきたいですね。
ーー長年俳優業をされていますが、仕事の向き合い方が変わることはあるんですか?
いつも一生懸命は変わらないです。一つひとつ大切に、大げさかもしれないけど、これが最後の作品だと思うように(笑)。
ーーありがとうございます。では、最後に本作の見どころを教えてください。
誰もが迎えるべき瞬間の1ページを描いた作品です。そこに答えはないかもしれませんが、少しのヒントだったり、自分について考えたりするきっかけになる映画だと思います。こんな時期ですが、ぜひ劇場へ足をお運びください。
(取材・文:浜瀬将樹)
■坂井真紀さん
スタイリスト:梅山弘子(KiKi inc.)
ヘアメイク:ナライユミ
■公開情報
『痛くない死に方』
出演:柄本佑 坂井真紀 余貴美子 大谷直子 宇崎竜童 奥田瑛二
監督・脚本:高橋伴明 原作・医療監修:長尾和宏
公式サイト:http://itakunaishinikata.com/
(c)「痛くない死に方」製作委員会
2021年2月20日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開