この日の夜、東京都のある旅館で男女の心中自殺があった。
凶器は青酸カリを入れたサイダーで、男は死亡、女は一命を取り留めたものの、重体だった。
警察は男女の心中事件として捜査を進めていたが、意識を取り戻した女の精神状態に違和感を覚えた警察が、女に改めて事情を聴いたところ、本事件は女が心中事件に見せかけた毒殺事件とわかった。
この男女は、1950年(昭和27年)に結核療養所で知り合い、もしお互い無事に退院できたら、一緒に暮らし結婚することを約束した。戦後間もないこの時期において、結核は「死の病」であり、生きて子供を産み、一緒に暮らしていくことは叶わぬ夢と思われた。
結果的に治療の成果もあり、二人の男女は無事に退院した。しかしながら、生きることに慣れてしまった男は、新たな出会いを求め、数名の女性と交際。これに怒ったのが女側で、「殺してやる」と殺害を決意。
女は一緒に泊まった旅館にて、青酸カリ入りのサイダーを作った。しかし、女に殺意があることに気が付いたのか、男はサイダーに手を付けようとしなかった。そこで、女は最後の手段として、青酸入りサイダーを「とってもおいしい」と口に含み、そのまま口移しで強引に飲ませたのだ。
サイダーを飲んでしまった男は苦しみながら卒倒し、身の危険を感じた女は口から青酸入りサイダーを吐いたことで一命を取り留めたのだ。
結果、女は殺人罪で懲役4年の判決が出たという。
甘くて爽やかなサイダーを使った、なんともドロドロとした女の事件であった。
文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)