某県下のとある村では、毎年お盆になると海難者のために陰膳というものをするという。
海で亡くなった亡者が帰ってくるのだから、ゆっくりご飯が食べれるようにと、離れとか、仏間に、食事を置いておくのだ。時々、そのご飯が少しだけ無くなっているとか、誰かが食べている影が見えたとか、奇妙な話があるらしいが、大概は、猫の仕業か、誰かのいたずらであろう。僕の友人W君の家でも、亡くなったおじいちゃんの為に、お膳を仏間に、毎年置いてあったそうだ。
(おじいちゃん、還ってくるといいな、また僕に海の話、聞かせてくれれば良いのにさ)
おじいちゃんっ子だったW君は、亡くなったおじいさんに一目会いたいと思っていたそうだ。
ある年の夜、仏間で奇妙な音がした。まるで何かを奥歯ですりつぶすような音である。
「くちゃくちゃくちゃ」
目覚ましたW君は音のする仏間に向かった。
「おじいちゃん、還ってきてくれたんだね」
興奮気味に顔を赤らめたW君は、仏間の障子を開けた。そこには大きくて猫背気味の黒い影がしきりにご飯を食べていた。しかも、ご丁寧な事に、チロチロと赤くて長い舌でお椀をくちゃくちゃとなめまわしているのだ。
「おまえ、誰だよ。それは、おじいちゃんのご飯だぞ」
怖くなったW君は大声で叫んだ。その影が、ゆっくりと振り向いた。
「……」
その化け物の顔は生きているはずの父であった。
「どうして、どうしてなんだよ」
恐怖と驚いたので気が遠くなった友人は朝まで失神してしまった。
翌朝目がさめてみると誰もいない上、仏間のご飯もそのままであった。何より驚いたのは、彼の父親も普通どおりであった点である。
(あれは、真夏の悪夢だったんだな)
W君は安心して、学校に行った。
そして、夕方彼が学校から帰ってくるやいなや、突然彼の父が職場で亡くなったという悲報が入った。このW君は全てがわかったような気がした。
つまり、あれは死神が見せてくれた予言であったのではないだろうか。
(山口敏太郎事務所)