暗く民家もまばらな山道を登る、仲間たちとの「走行会」を楽しんだ後、いつもの山道を下っていた。
高知県には、まだ民家の少ない山が多い。
人は少ないが独特の雰囲気があるその場所は、本能的な恐怖を引き出すのに十分な暗闇があった。
しかし今回の話は、そんな暗闇の産んだ妖怪の話ではない。
妖怪ではないが、“それ”を私は確実に目撃したのだ。
私は登り道はスピードを出すが、下り道ではスピードを抑える。
その時スピードメーターは40キロ以下だったと記憶している。
私はスピードを、感覚ではなく、メーターで確認する癖がある。
隣には当時仲のよかった友達がいる。後部座席にも友達が乗車していて、皆で三人。
その三人のおしゃべりも途絶えていた。
車内には音楽が、大きな音で響いている。
時間は午前三時。
ふと窓の外の雰囲気が変わった。
夜景が見えるポイントが近づいてきたはずなのだが、外の闇がどろりと暗い。
質感を持った闇とでも形容すればいいのか。
私は身を固くした。
次のカーブを右へと曲がればすぐに、見慣れた夜景が見える。
…と、思った瞬間。
助手席外側からグワーーーッと大きい手が出てきて、車を握りしめたのだ。
その手は、夜景のほうにグイッと車を引っ張ったように見えた。
フロントガラスの上のほうに、親指が少し見えている。
それは白く平べったくて立体感はなく、霧が集まったような物体だった。
私は横滑りを始めた車のハンドルを握りしめ、ブレーキを踏み、ギアを落とし、サイドブレーキを引いた。
車は、ゴムが焼けるにおいを発することなく、カップルの車の30センチ手前で停止した。
ゴムの焼けるにおいがしないほどの低速度で横滑りを起こした不思議。
砂が落ちていたのかもしれない。そう考えても不思議な出来事だった。
白い霧のような手の正体は何だったのか。
もしかしたら、山の精が毎夜走りに来る私たちに怒っていたのかもしれない。
あのまま事故になっていたら、私たちがカップルの車とともに崖下に落ちていた可能性も否定できないのだ。
(立花花月 山口敏太郎事務所)
参照 山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」
http://blog.goo.ne.jp/youkaiou