「東北のある霊能者の方が、作ってくれるありがたいヒトガタ(人形)に、身代わり人形というものがあるんですよ。それも誰にでもくれるもんじゃないんです。一部の選ばれた方にしかあげないんです」
Aさんは、興奮気味にお茶を飲み干すと、鼻の穴をひくひくさせながら話を続けた。
「私もいくつか持ってるんですがねえ。でも普通の人形なんですよ。和紙でできているもので、特別な素材じゃないし」
「なるほど、それでどんな効果のある人形なんですか」
私の冷静なツッコミに、Aさんは神妙な顔で答えた。
「命が危ない時に、身代わりになってくれるんですよ」
話はそれから、Aさんの祖母の話に移っていった。
もともと、Aさんの祖母がその霊能者の熱心な信者だったそうだ。
その祖母が孫のために3体の身代わり人形をもらってきてくれたのが、奇妙な事件の始まりであったという。祖母は震える手で人形をつかむと、こう言った。
「この人形はな、おまえたちの命が危ない時に身代わりになってくれるんじゃ」
「まさか、そんなことが」
「信じないというのか、この罰当たりめが」
「婆ちゃん、そんなこと、迷信だよ。それかその霊能者にだまされてるんじゃないの?」
当時、Aさんは一切霊など信じない主義で、この人形も笑って押し入れにしまい込んでしまった。
半年ぐらいたったころだろうか。
深夜、仕事で疲労困憊のAさんは、帰宅後シャワーも浴びず、ベッドに倒れ込んでしまった。深い眠りに落ちていく中で、Aさんはかすかな音を感じた。
「ワサワサ ワサワサ」
まるで紙がゆらぐような音が聞こえてくる。これはいったい何だ。
すさまじい眠気の中でうっすらと目を開けたAさんの視界に、あるものが飛び込んできた。
押し入れが音もなく
「すーっ」
と開くと、その隙間から
「ひらひら ひらひら」
と、あの紙人形が空中をふんわりと漂いながら、Aさんの寝ているベッドの方に飛んでくるのだ。
(ややっ、、これは幻覚だろう。いやそうだ、絶対幻覚に決まってる)
Aさんは何度も自分に言い聞かせた。
そのうち、3体の紙人形はAさんの枕元にすくっと立ち、歌い始めた。
「@*%#&=♪」
何やら奇妙な歌で意味が分からない。
リズムも変で、普通の歌ではないようだ。
だが、不思議になんとなく意味は伝わってくる。
(明日、会社は休まないといけない)
Aさんはそういう意味に思えて仕方ならなかった。
そしてそのまま、深い眠りに落ちていったのである。
翌朝Aさんは風邪を理由に会社を欠勤した。すると会社では仕事がらみの刃傷(にんじょう)沙汰が起こった。乱入してきた刃物男に事務所にいた社員2人が刺されるという大事件であった。幸い2人とも傷は浅かったが、「もしあの場に自分がいたら」と思うとAさんは震えが止まらなかったそうである。
こんな事が3〜5年に1回ぐらい続いている。Aさんはもう3度も人形たちに命を助けてもらったそうだ。
(山口敏太郎事務所)