刑務所で個別の希望を聞くことは、受刑者間の不満や差別につながるとして、これまで一律での運用を徹底してきた。だが、法務省は「障害を無視した運用は人権侵害との批判がある上、障害が社会的に知られるようになり、配慮が必要と判断した」として新たな指針を導入することになった。
その新指針は、性同一性障害の受刑者に対して、(1)診療と居室、(2)入浴や身体検査時の対応、(3)衣類・髪形など、について配慮するよう規定。収容先の刑務所は、従来通り戸籍上の性別に従うが、居室は希望によって単独室とし、個別での入浴も許可。戸籍上は男性でも長髪や女性用下着、シャンプーなどの所持を新たに認めた。刑務所内では性別適合手術やホルモン治療はできないが、精神科医の診察や臨床心理士によるカウンセリングを積極的に取り入れる。
法務省によると、全国の刑務所などの矯正施設で、医師によって性同一性障害と診断された受刑者は11年末時点で男女8人。診断はされていないが性同一性障害とみられ、刑務所が配慮の対象としている受刑者は約30人に上るという。
刑務所や警察の留置場での処遇をめぐっては、性同一性障害の男性が女性として扱うよう求めて、裁判や人権救済を申し立てるケースがここ数年増加。各地の弁護士会が「個性や人格を否定する人権侵害」として法務省と刑務所に改善を勧告してきた。
従来であれば、心は女性であっても、居室や入浴は男性と一緒、髪型は丸刈りとされていた。それが今後は一転、単独での居室や入浴が可能で、髪を伸ばすこともできるようになる。こうなると、やはり、他の受刑者との差別が生じる。性同一性障害者が特例的な扱いを受けることで、今度は逆に他の受刑者から不満も出るだろう。とはいえ、そう簡単に性同一性障害者のための施設を設けるわけにもいかない。平等というのはなかなかむずかしいものだ。
(蔵元英二)