つまり、男児は秘密のカルト儀式における人身御供として殺され、頭と手足を切断されたのである。
その後、ナイジェリアのヨルバ族に伝わる秘密結社より逃亡した女性がドイツで保護され、人身御供の儀式について情報を提供した。彼女がもたらした情報によって「キングスレー・オジョ」なるナイジェリア人男性も浮上した。オジョの住まいからは興奮剤や儀式に使う道具などが発見されたものの、殺害を立証するだけの証拠は発見されず、ただ人身売買の罪に問うのが精一杯だった。
ところが、テレビ取材班は時間をかけてドイツの女性を取材し、ついには殺害された男児の名前を突き止め、生前の写真を入手したのである。さらに、殺害された男児はオジョが連れ去ったとも証言し、事件は解決の糸口をつかんだかのように思われた。
テレビ報道をきっかけに女性への取材が殺到し、全イギリスの注目を集めたが、彼女は自身が殺害には関与していないとして、名前と写真以外の情報提供を拒んだ。そのため、警察当局も重大な関心を示したものの、逮捕などの具体的な司法手続きには至らなかったのである。
そして、男児の名前と写真に関する情報を提供した女性は、想像もつかない行動をとりはじめた。
今度は英国放送協会の取材に答えて、最初に伝えた男児の名前は間違いで、写真も別の子供と語ったのである。やがて、写真の男児は生存していることが確認され、写真の撮影場所もドイツのハンブルクと特定された。加えて、女性は精神に問題を抱えており、少なくとも司法が証拠として採用できるだけの具体的な証言能力は備えていないということも明らかとなったのである。
こうして、捜査は振り出しに戻ったかのように思われた。しかし、女性が新たに示した名前の男児については生存が確認されず、また女性やオジョの周辺で謎めいた失踪事件が発生していること、さらにオジョが人身売買に関与していたことは明らかだし、なによりもテムズ河畔に流れ着いた男児の遺体は実在しているのだ。
人身御供に捧げる生け贄を目的とした誘拐、そして人身売買のネットワークが実在したこと、さらには幼い子供が殺害されたことは、今なおイギリス社会に暗い影を落としている。
イギリスの警察は、現在も事件に関する情報を求めている。
(了)