ロンドンの煙突掃除職人サムエル・ブルは、貧しかったが妻ジェーンと娘一家とともに仲良く幸せに暮らしていた。家族のため一生懸命働いたサムエルだったが、肺がんを患い激しく咳き込みながら亡くなった。サムエルがいなくなると、あれほど強く結ばれていた家族の絆がほころび始めた。ジェーンはこの家にサムエルは欠かせない、帰ってきてほしいそう願いながら、日々過ごしていた。
そんなある夜、就寝中目を覚ましたジェーンの横にサムエルが立っていた。ジェーンの願いは叶えられた。それは夜に限られていたが、ジェーンには十分だった。孫たちにも娘夫婦にもサムエルが見えた。視認だけではない。サムエルに触れることができ、会話することもできた。以来、一家は元の生活を取り戻した。サムエルを中心に食卓を囲み団欒し、悩みを話し合い再び絆を強めていった。
ところが、一家以外の人にはサムエルの姿は見えなかった。時に、お茶を楽しむ一家のもとを訪ねた人には、ただ、人数分より一脚多い椅子。その前に置かれたカップには半分ほどに減った紅茶、添えられたティースプーンは濡れている、そんな奇妙な光景を見るだけだった。ジェーンが当然のようにサムエルの名をあげると噂が広がり、伝え聞いた英心霊科学協会が調査を行い、1969年にサムエルの霊の存在を認定した。それ自体はあまり一義あるとは思えないが、生を終えた後も続く愛する家族への想いは崇高といえるだろう。
七海かりん(山口敏太郎事務所)
山口敏太郎公式ブログ「妖怪王」
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