10月31日の受賞決定から2か月半での出版は異例の速さだが「実はまだ書いていないのではないか」などの憶測がなされたことへのフェイントとして、出版を急ぐことになったのかもしれない。何にせよ彼の作品を待ち望んでいたファンにとって、年内に読めるのは嬉しい話だ。
『KAGEROU』のように発売前から話題を呼んでいた小説といえば、昨年5月に発売された村上春樹さんの『1Q84』(新潮社)があった。事前に内容が全く明かされなかったにも関わらず、予約だけで2巻併せて初版38万部を売り切り、発売後12日で100万部を突破。今年4月に出た3巻も含め、累計300万部を超えたとか。村上さんは『1Q84』以前からベストセラー作家だったが、水嶋さんの場合は初めての単行本。果たして今年のランキングをどれだけ揺るがすことになるのか。
水嶋さんの受賞が決まる直前の10月29日に初の小説集『マボロシの鳥』を出していた爆笑問題の太田光さんは『1Q84』を超えるつもりで書いたそうである。太田さんは過去にもラジオで「同じ作家に影響を受けてきた自分から見て、村上春樹の小説はつまらない」などと豪語しており、対抗心は相当なものだったようだ。一方で水嶋さんが村上さんをどう思っているのか定かではないが、ポプラ社の公式サイトで公開されている内容説明によると「自殺を食い止める話」だそうである。12月10日から公開予定の映画『ノルウェイの森』は村上さんのベストセラー小説が原作だが、そちらは簡単にいうと「自殺を食い止められない話」であり、意識したかどうかはさておき、水嶋さんは真逆の方向性で勝負をしかけたようにも受け取れる。
水嶋さんは太田さんの小説集を読んだ感想もTwitterに記している。「ストーリーを経る毎に変化する愛のカタチにはピュアなロマンを感じます。光と闇が表裏一体であるように、物事を表と裏の両面から捉えている太田さんは凄いです。最後のページをめくると不思議とスターウォーズのテーマ曲が聴こえてきました。太田さん、どんな魔法をかけたんですか? 笑」作家らしい機転の効いた見事なレビューぶりに、これならきっと小説も面白いに違いないと思った。(工藤伸一)