とはいってもこの作品、あらゆる方向に欲を出しすぎて、色々残念になっている部分が多い。同作は柳田邦男の同名作品を原作としているが、そこがまず大きな問題となっているからだ。
原作では零戦こと、零式艦上戦闘機の技術面の説明が多い、ノンフィクション作品となっている。しかし、本作はそのあたりの描写を盛り込みつつも、零戦パイロットの浜田正一(堤大二郎)、整備兵の水島国夫(橋爪淳)、ヒロインポジションの吉川静子(早見優)の3人を中心としたフィクション作品としている。この改変で、原作では戦争序盤に戦場を席巻した零戦を中心として、だんだんと日本がテクノロジーの面でアメリカに負けていく様を描いているのに対して、本作では零戦そのものを扱いたいのか、空戦を描きたいのか、戦時における青春群像劇をやりたいのかどっちつかずとなっている。
作品の実質的な主役を務める浜田は、劇中で山本五十六(丹波哲郎)のブーゲンビル島上空での戦死を直掩機(ちょくえんき)として目撃していることから、実在のエースパイロットである杉田庄一をモデルにしていることがわかる。空戦描写と、零戦が性能的に劣勢になっていく状況をメインに描きたいならば、正直この浜田を中心とした話だけで十分なのだ。
しかし、原作がある限りは、それに沿ったストーリーを展開しなければならず、結果的に大枠の戦況解説や戦争の推移、さらに技術面での話などをナレーションとして挿入しなければならず、かなりテンポが悪くなっている。さらに、加山雄三(下川万兵衛役)、北大路欣也(堀越二郎役)といった大物出演者陣の起用も結果的に尺を食う形となっており、ストーリーの魅力不足にも繋がっている。
その影響で浜田、水島、吉川の3人の主要人物の話も掘り下げが足らずに上辺だけになってしまっている。結果的に安っぽい三角関係を続けていくことになり、非常に退屈な展開が続く。これならば、上層部との調整をしている小福田租(あおい輝彦)の活躍場面をもっと増やして、原作のような技術面の話をもっと掘り下げた方がましだ。
だが、この作品の試みとしてはそれなりに魅力的な部分も多い。それは現在ではこういった戦記モノ・戦争モノ作品を制作する際に廃れてしまったミニチュアを活用した戦闘シーンだ。シーンの使い回しは目立つものの、所々現在のCGを使った戦闘シーンとは違う味わいがある。このあたり、邦画が忘れてしまった魅力かもしれない。地上のシーンでも原寸大の実機レプリカがかなりいい存在感を発揮している。敵役の飛行機もF4Fワイルドキャット、P-38ライトニング、B17フライングフォートレス、F4Uコルセアなどなどアメリカ陸海軍が当時配備していた様々な飛行機がミニチュアで出てくるので注目だ。
また、他の零戦を扱った作品にはない、部品規格の統一化が不十分な問題についても言及している。旧日本軍は、陸海軍の対立などの影響で、とにかく部品が雑多で整備を困難なものとしていた。銃弾ひとつをとっても、日本軍は種類がまちまちで、地上兵器と航空兵器の銃弾の統一化どころか、小銃と機関銃の弾ですら統一されておらず、補給をより困難なものとしていた。これが航空機の部品となると、機種ごとに部品がまちまちで、部品が統一化され、高い稼働率を誇るアメリカ軍とくらべ、戦力的に劣勢にあるにも関わらず、日本軍では整備不良で飛べない戦闘機が問題となっていた。
他にも、なぜ零戦が当時優れた戦闘機であったかが、冒頭のフィリピンのクラーク飛行場空襲で簡潔に描写されている。開戦当初、この空襲で日本海軍は台湾から一式陸上攻撃機に零戦を護衛につけ、アメリカ軍の陸軍航空隊の主力を壊滅させているが、当時こんな長距離飛行をこなして、爆撃機の護衛につける戦闘機は零戦以外なかった。このあたりの説明をクラーク飛行場にいたダグラス・マッカーサーが驚愕することで、わかりやすくしている。空戦での優秀さも防空にあがってきた戦闘機を圧倒することで、さらっと説明しており、この一連のシーンは原作のノンフィクション要素をかなり上手く映像に落とし込んでいる。
また、基地の参謀長が「シェンノートレポートをご存知ですか?」とマッカーサーに質問しているところもマニアには嬉しいかもしれない。このレポートは、日中戦争に義勇軍として従軍していた「フライングタイガース」のクレア・リー・シェンノート大佐が、零戦の性能について上層部に報告したもので、当時アメリカ軍の将官はこれをデタラメだと相手にしておらず痛い目を見たわけだ。
浜田メインで戦況を追い続ける方式にして、場面転換を極力避けてぶつ切り感のないようにすれば、この作品、かなり面白くなったのではないだろうか? また、技術面での話を描きたいのであれば、堀越と小福田の出番をもっと増やして、結局実戦配備は出来なかった零戦の後継機である烈風の話辺りまで持っていった方が見応えはあったかもしれない。色々と惜しい作品だ。
(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)