「てっちゃん、どこにいるの? 歌舞伎町にいるんだけど」
マッサージを終わったところだった私は、
「いま、渋谷だけど、歌舞伎町なら30分で合流できるよ」
と返事をした。歌舞伎町に行くと、どこに行けば良いかわからなかったために、電話をして聞いて見た。すると、「D」というキャバクラにいる、とのこと。「D」は何度かいっているが、呼び出した人物がいつも指名している嬢がいるので、また、2人で飲んでいるのか? と、店まで行ってみた。
いつもとはちょっと違った店の雰囲気だ。リニューアルでもしたのだろうか。そうか、リニューアルのお祝いにでもきたんじゃないかと思っていた。店の前で待ち合わせだというと、しばらくして、店内を案内される。見渡しても、呼び出した人物がいなかった。
「あれ? いないのかな? でも、案内されるということはいるんだよな。それともこれからくるのか?」
そう思っていると、VIPルームに通された。そこに私が呼び出した人物がいた。いつものお気に入りの指名嬢が横にいた。私も嬢がついて、数分経つと、何やら席を移動する、とのこと。特に、混雑していないのに、どうしたのだろうか。その人物がニヤニヤしながら、こう言った。
「(ここの)VIPルームによりも、すごいVIPルームがあるらしいよ」
この店のVIPルームの値段は知らないが、さらなる上位ランクのVIPルームはどんなところなのか。たしかに、そんな部屋があるなら見てみたい。案内をされると、いったん、受付を出て、店そのものも出てしまうのではないか、というところで、別の方向に向かう。そこには壁しかないように見えるが、<秘密の扉>があった。
そこは、2人では広すぎる部屋があったのだ。大盤振舞である。いったい何があったのだろうか。
「きょうは、(指名嬢の)誕生日なんだよ。といっても、本当の誕生日は一か月前。当日にこれなかったので、今夜、お祝いしようと思って」
誕生日のイベントは、キャバ嬢にとって、日頃、お客さんにどのように思われているのか、一つのリトマス紙となる。その一方で、その日にお店に行って応援したいが、人気があればあるほど、長い時間話せないというジレンマもつきまとう。そんな「誕生日」を一か月遅らせるというのは、「誕生日」であるにもかかわらず、話せるという、印象付けにはもってこいだと思った。
しかも、誕生日をということで、その店のもので一番高いシャンパンを頼んだという。その額、なんと60万円。とはいえ、そのシャンパンを飲んでも、60万円の価値があるかどうかは私にはわからない。でも、キャバ嬢への印象付けとしては、これ以上のものはない。
しかも、その人物は、私の好みの女の子をつけさせるように、店員に指示した。指示した内容は、私の好みというのは、身長154センチの小悪魔タイプ。もしくは、だめ女。私は、キャバ嬢にうまく騙されたいのだ。何人かキャバ嬢が席についたが、店員によると、その時付いたキャバ嬢は「だめ女」らしいが、誕生日だった嬢に言わせると、いずれも、この店の人気者らしい。情報を総合すると、テクニックも備えただめ女、ということか。
しばらくすると、この下手の担当の女性店員が会計にやってきた。総額87万円。このとき、私は、シャンパンが60万円だったことを知らなかった。そのため、いったい、何にかければ、87万円になるのかを想像した。もしかすると、部屋代がものすごく高いのか? あるいは、私が店に来るまでにも何かを頼んだのか? といろいろ考えたものだ。
私を呼び寄せた人物は、87万円ということに、特に驚きもせずに、しかも現金手渡しで支払っていた。いったい、財布にどんだけお金が入ってるんだよ! と思いながらも、「ごちそうさま」でした。それにしても、誕生日の義理だけで、そんなに使うのか?
「何度か使っているお店だし、いつも安くしてもらっている。もしかすると、87万円でも、店側は損してるくらいだよ」
借りを一挙に返した、というわけか。
<プロフィール>
渋井哲也(しぶい てつや)フリーライター。ノンフィクション作家。栃木県生まれ。若者の生きづらさ(自殺、自傷、依存など)をテーマに取材するほか、ケータイ・ネット利用、教育、サブカルチャー、性、風俗、キャバクラなどに関心を持つ。近刊に「実録・闇サイト事件簿」(幻冬舎新書)や「解決!学校クレーム “理不尽”保護者の実態と対応実践」(河出書房新社)。他に、「明日、自殺しませんか 男女7人ネット心中」(幻冬舎文庫)、「ウェブ恋愛」(ちくま新書)、「学校裏サイト」(晋遊舎新書)など。
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