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【放送都市伝説】「容姿が落ちた」ことを理由に裏方へ異動になった女子アナ

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 ニュース番組を代表する一輪の花であり、今や局を代表する顔でもある「女性アナウンサー」。一見華やかに見える女子アナだが、その存在が認められるようになった背景には、先人たちによる様々な苦労があったようだ。

 1976年5月26日の朝日新聞に「容姿落ちた?女子アナ配転に抗議」という記事が掲載されている。これは、上層部より「容姿が落ちた」と判断された女性アナウンサーが審査部(現・考査部)への異動を命じられ、その異動を不服として東京地裁へ訴え出ているという内容だ。

 訴えたのは、日本テレビ放送網の村上節子アナウンサー(39)で、彼女は1959年から17年間に渡り日本テレビのアナウンサーとして活動。人気アナではあったが、1976年5月11日、「年をとってきて容姿が落ちた」という理由でアナウンス部から異動を命じられ、「本人の意思を無視した配転である」とし提訴(後に勝利)した。この事件は当時、女性の働き方および労働権利に大きく影響を与え、今尚語り継がれているセンセーショナルな事件であった。

 なお、村上節子アナウンサーは勝訴後アナウンス部には戻らずに、CM部に配属。10年間、同局のCMプロデューサーとして活躍し、日本民間放送連盟が1983年に制作した「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」のキャッチコピーを提案するなどしている。

 また、同時に現在ジャーナリストとして活躍している田原総一朗とのダブル不倫が話題になり、田原の妻がガンで死去した1989年に結婚。田原節子として田原事務所の代表を務めるほか、旧姓の村上節子名義で女性問題をはじめとする講演会や執筆活動を行っていた(2004年死去)。

 なお、これは都市伝説レベルの話ではあるが、かつて民放の某局では30歳までに芽の出なかった女子アナウンサーは容赦なく裏方へ飛ばされたり、結婚を強いるような風潮があったという。現在、それらの行為はセクハラおよびパワハラに当たるとされ、明るみにはなってはいないが伝統的に続いている、という話もあり、女子アナの「働き方改革」は未だきちんと整備されていないのが現状であるという。

文:穂積昭雪(山口敏太郎事務所)

(文中、日本テレビの部署名は現在の呼称)

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