その勧善懲悪的な爽快感が、第16巻の前半の「偽装医療」編では一層際立っている。「偽装医療」は医療過誤をテーマとした話で、黒須組組員・サメの母親が入院先の病院で急死したことが発端である。治療への不信感を語るサメのため、白竜は抗ガン剤の過剰投与を暴き、主治医や病院を追い詰める。
これまでの白竜の相手は、大企業の経営者や政治家など権力者の大物が多かった。彼ら大物を追い詰める展開にも勧善懲悪的な要素はある。しかし、敵のスケールが大きく、一般人を直接物理的に傷つける存在ではないため、憎しみの対象として具体的な実感が湧きにくい。また、白竜もシノギが目的であり、正義対悪と言うよりも悪対悪の闘いである。
これに対して、「偽装医療」は誰もが病気になれば世話になる病院で起きたことであり、誰もが被害者になる危険がある。故に読者は悪徳医師への憤りを具体的なものとして共有できる。白竜の行動も母親を医療過誤で殺されたサメの無念に応えたものであり、組員に対する疑似家族的な愛情がベースにある。その点で勧善懲悪が純化されている。
さらに「偽装医療」の特徴は、解決策が徹底しているところである。白竜は医療過誤を病院から金を引き出すシノギのネタにする。これだけでも溜飲が下がるが、母親を殺されたサメにとっては、金だけで解決という終わり方に複雑な感情が残ることも事実である。「偽装医療」は最後にサプライズが用意されており、読者はカタルシスを味わうことができる。
第16巻には、白竜のライバル的存在の剛野組長を主人公にしたスピンアウト短編「キン肉マン」も収録されている。剛野組長は関東最大の暴力団・王道会理事長でありながら、「振り向けばヒロシ」でのゲイ疑惑や、「銀座戦争」での自称「頭脳派ヤクザ」発言など、お笑いキャラ化した感がある。しかし、短編ではヤクザとしての筋を貫いている。
第16巻の最後は、角界の野球賭博をテーマとした話である。結末は次巻に持ち越しであるが、期せずしてタイムリーな話題になった。現実の角界では野球賭博の捜査から八百長相撲が発覚し、大相撲春場所が中止となった。現実に起きた事件を下敷きにすることが多い『白竜』だが、現実を予見したような展開となる次巻に注目である。
(林田力)