左図の通り、2018年の日本政府の長期債務残高は、’70年の152倍に膨張した。それにも関わらず、長期金利は9%台からゼロへと下落。直近の長期金利は、何とマイナス0・086%だ。
主流派経済学の「理論」では、政府が国債発行残高を増やせば、金利は上がる“はず”なのだ。いわゆる、クラウディングアウト理論である。
ところが、現実の日本では、政府が国債発行残高を増やせば増やすほど、金利が下落していった。この現象を、主流派経済学は全く説明できない(筆者やMMTはできる)。
というわけで、主流派経済学は金利について「見ないこと」にして、MMT批判の焦点を「インフレ率を制御できなくなる」に絞り込んだのだ。第二次安倍政権発足前は、「いわゆるリフレ派」の政策に対し、
「日銀が国債を買い取ると、ハイパーインフレーションになる」と、財政破綻論者たちがヒステリックに叫んでいた。安倍政権が発足し、2013年3月に黒田東彦元財務官が日銀総裁に就任すると、
「インフレ目標2%を設定し、量的緩和をコミットメントすれば、期待インフレ率が上がり、実質金利が下落し、消費や投資が増え、デフレ脱却を果たせる」
という、いわゆるリフレ政策が始まった。筆者は、上記の理論を「風が吹けば桶屋が儲かる理論」と呼んでいた。何しろ、量的緩和で拡大するマネタリーベースと、銀行預金そのものであるマネーストックに、直接的な関係はない(現金紙幣のみが例外)。
インフレ率を上昇させるためには、マネーストック(現金紙幣+銀行預金)を拡大し、消費や投資として誰かが支出をしなければならない。日本銀行が銀行から国債を買い取り、日銀当座預金(マネタリーベース)を拡大したところで、マネーストックが増えるわけではない。
勘違いしている政治家、学者、官僚、評論家、エコノミスト、そして国民は少なくないが、日銀当座預金はマネーストック(主に銀行預金)とは無関係なのだ。現金紙幣を除くと、マネーストックは銀行の「貸し出し」なしでは増えない。
極端な話をいえば、日本銀行が国債を「売却」し、日銀当座預金というおカネを回収したとしても、マネーストックは普通に拡大し得る。民間の資金需要が旺盛で、銀行融資が増えれば、銀行預金というおカネが(銀行から)融資の都度、発行されるためだ。
逆に、日本銀行が日銀当座預金、マネタリーベースを何百兆円拡大したとしても、マネーストックが増えるとは限らない。民間の資金需要が乏しく、銀行からおカネが借り入れられないのでは、マネーストックのメインである銀行預金は発行されないのだ。
世の中おかしな事だらけ 三橋貴明の『マスコミに騙されるな!』 どうも、多くの国民というか“人類”
は、この世のおカネが金貨、銀貨であるかのごとく錯覚を抱いているように思える。おカネが金貨や銀貨のみであれば、「日本銀行が銀行に供給した金貨、銀貨というおカネが、銀行から民間に貸し出され、消費や投資として支出される」ことは起きうる。とはいえ、現代の管理通貨制度の下では、おカネは「債務と債権の記録」であり、貴金属ではない。
整理するが、マネタリーベースの大部分を占める日銀当座預金は、「日本銀行が市中銀行から国債を買い取り、市中銀行の日銀への当座預金の口座残高を増やす(=書く)」ことで発行される。また、マネーストックのメインである銀行預金は「民間がおカネを借りる際に、市中銀行が企業や家計が保有する預金口座の残高を増やす(=書く)」ことで発行されるおカネだ。
日本銀行が日銀当座預金の残高を増やしたところで、民間の資金需要がなければ、銀行預金は発行されない。つまりは、マネタリーベースを増やしても、マネーストックが拡大するとは限らないのである。
実際に日本は、量的緩和政策でマネタリーベースを370兆円(!)も拡大したのだが、インフレ率はハイパーインフレどころか、目標の2%にすら届かず、いまだにゼロ%前後で推移している。
370兆円ものおカネ(ほとんどが日銀当座預金)を発行しても、インフレ率はゼロ。理由はもちろん、2014年4月の消費税増税や、その後の政府支出削減という緊縮財政が、国内の消費や投資を抑制したためだ。国内の需要不足、デフレーションが続き、民間の資金需要が乏しく、さらに政府自ら借り入れ(国債発行)を抑制した。安倍政権は、財政政策を緊縮にすることで、インフレ率のコントロールができることを証明したという点でも、歴史的な政権なのである(別に褒めてはいない)。
面白いことに、政府の財政政策に融和的なMMT(※MMT自体に政治的な意図はない)が議論され始めると、デフレ脱却を目指していたはずのいわゆるリフレ派までもが、「そんなことをしたら、インフレ率を制御できなくなる!」、「ハイパーインフレーションになる!」と、叫び始めたわけだから呆れてしまう。
いわゆるリフレ派は、インフレを目指していたのではないのか。というより、MMTで「インフレ率が上昇する」ことを認めるならば、むしろ、いわゆるリフレ派こそが「政府はMMTに基づく財政拡大政策を採用せよ」と、主張しなければならないはずだ。
ところが、黒田日銀総裁や、いわゆるリフレ派の代表格である原田泰審議委員も、口を揃えたように「インフレ率を制御できなくなる」とMMT批判を展開している。なぜなのだろうか。実は、答えは「MMT派対主流派経済学」という長期の思想的対立の中にあるのだが、その件については次回、解説したい。
********************************************
みつはし たかあき(経済評論家・作家)
1969年、熊本県生まれ。外資系企業を経て、中小企業診断士として独立。現在、気鋭の経済評論家として、分かりやすい経済評論が人気を集めている。