主人公の市ノ宮行は大財閥の御曹司で、自らも多数の会社を経営する大学生である。荒川河川敷の住人・ニノに助けられたことをきっかけとして、リクと名づけられ、河川敷に居住することになる。自らを河童と主張する「村長」など個性的という言葉を超越した電波系の住民に振り回されながらも、楽しい日々を送っている。
一般化すれば経済的には恵まれているが、精神的には貧しい人間が、ホームレスという社会的には下層に属するが精神的には豊かな人々と交わることで人間性を取り戻す物語である。過去にはリクが河川敷の生活を守るために厳格な父親に抗議するという精神的成長を描くエピソードもあった。
しかし、この巻ではリクの特殊設定は登場せず、ひたすら河川敷の住民に振り回される一般人になっている。ニノとの恋も元々は金星人を自称するニノが地球人の恋を知るために恋人になることを求めたものであった。しかし、この巻ではリクがニノの気を惹こうと必死である。好きな女性を振り向かせたい普通の男性になっている。
心の貧しい金持ちが心の豊かなホームレスと交わることで人間性を取り戻すという物語は王道的であるが、欠陥を抱えたものである。何故ならば金持ちは幸せで、ホームレスは不幸という前提があって初めて新鮮さが生じるからである。
しかし、経済的な貧富と精神的な幸不幸が別次元の問題であることは既に十分に知れ渡っている。「ホームレスは、実は心が豊かな人々でした」という設定は陳腐である。実際、ヨーロッパなどではスクワッターと呼ばれる廃屋を占拠するホームレスの一団が独自の文化を築いている。
『荒川アンダー ザ ブリッジ』の河川敷の住民も一般社会とは別次元の豊かな文化体系を有しているスクワッターである。この巻では心の貧しい金持ちと心の豊かなホームレスという陳腐な設定が退くことで、無茶苦茶な河川敷の住人の暴走ぶりを純粋に楽しめる抱腹絶倒のコメディーになった。
(林田力)