ブッチャーは馬場さんのライバルだった。2001年に東京ドームで開催された『ジャイアント馬場三回忌興行』ではジャイアント・キマラとタッグを組み、テリー・ファンク&大仁田厚と対戦。試合後には「ブッチャー、バーバー、ブッチャー、バーバー」と叫び馬場さんを偲んだ経緯もある。運営サイドは今大会に『アブドーラ・ザ・ブッチャー引退記念〜さらば呪術師〜』というタイトルを付け加えた。
ブッチャーは2011年にWWE殿堂入りも果たしており、アメリカやカナダ、プエルトリコなど、日本以外にもゆかりの国はたくさんある。ブッチャーは日本を引退の地に決めた理由について「来年2月にミスター馬場のメモリアルショーをやるから来日してほしいという要請を受け、ぜひ参加したいと返事をした。それと同時に、あと何度、自分が大好きな日本に行けるのかという事も考えてしまった」という。
「それは、長年アブドーラ・ザ・ブッチャーというレスラーをサポートしてくれた日本のファンに、感謝の言葉を直接伝える機会が何度このあとやってくるのか、ということだ。このビジネスを始めて57年。日本に初めて行ってから48年。そろそろコスチュームとフォークを置いて、リタイヤする時が今回のタイミングなのでは、と思ったのだ。来年2月、また日本に行けるのなら、アメリカでもカナダでも行っていない、アブドーラ・ザ・ブッチャーの引退セレモニーを行う機会を与えてほしいと、実行委員会、馬場ファミリーに伝え、了承してもらった」と経緯を明かしてくれた。
「もう試合はできないし、ミスター馬場を追悼する大会だというのは、もちろん理解しているが、日本のファンに心を込めた感謝のメッセージを送りたいという気持ちも理解してもらいたい」と呼びかけている。
ブッチャーは過去の対戦も振り返った。「1970年の真夏に日本へ初めて行き、ミスター馬場と大きなスタジアムで初めてシングルマッチをやったことを、今でも昨日のことのように思い出すよ」とポツリ。
「ミスター馬場とはそれから20年以上にわたり、日本中どころか、シカゴやプエルトリコでも闘い、暴れすぎてミセス馬場には何度も怒られたな。ジャイアント馬場と一番血を流しあって闘ったのが俺なのは間違いない。それも500試合以上。詳しい数なんて覚えていない」という。
「だが、ミスター馬場は俺にとって最強の敵ジャイアント馬場であり、最高に信頼できるプロモーターであった。馬場夫妻にとっても、アブドーラ・ザ・ブッチャーという存在は、最高のドル箱レスラーだったはずだ。いつかあの世でミスター馬場と再会したら、2人で試合して、試合後は最高級キューバ産葉巻をくわえながら、昔話をしたいもんだ。でも俺はまだまだこっちの世界で人生をエンジョイするつもりなので、あの世でトレーニングを続け、待っていてくれと伝えたい」と馬場との思い出を振り返っている。
そんなブッチャーだが、全日本から新日本に電撃移籍をして、世間を騒がせたことがあった。しかし、新日本とは水が合わず、猪木とのシングルマッチも凡戦に終わったことから、全日本にUターン。タイガー・ジェット・シンとの最凶コンビで大暴れをして再び馬場さんの対角線に立った。新日本に移籍した選手は使わない方針の馬場さんがブッチャーと故ブルーザー・ブロディに関してはUターンを認めていたのである。
こんなブッチャーに対して、実行委員会に名を連ねている天龍源一郎は「馬場さんの没20年追善興行に、くしくもブッチャーが引退セレモニーをやりたいという気持ちが芽生えたというのも不思議な感じです」と語る。
「僕が全日本プロレスに来たときは馬場さんとブッチャーがメインを張っていたというのが感慨深い。たぶん、馬場さんの追善興行だということでブッチャーの中で『俺も踏ん切りをつけよう』と思ったのではないかと思います。それくらい、日本プロレス時代からの縁のようなものがあって、同じ日に引退セレモニーをやれるというのはブッチャーにとって最高のもの。日本のファンの前で最後に引退セレモニーがやれれば、僕もいいと思う。彼にも満足してリングを降りてほしいと思っています」と感慨深げにコメントしている。
主催者はブッチャー・シートの設置を企画した。このシートは最前列で大会当日、ブッチャー引退セレモニーで、リング上で本人に花束贈呈ができるという特典付きだ。価格はなんと20万円!昭和のプロレスファンなら奮発するかもしれない。
また1954年2月19日は日本プロレスの国際試合初興行として、力道山・木村政彦組対 シャープ兄弟の試合が蔵前国技館で行われたことから、2月19日を「プロレスの日」としている。実行委員会の緒方公俊氏は「この日を馬場さんの築いた“明るく楽しく激しい”プロレスをもとに1980年、90年代のプロレス熱を再燃させる日にしたい。またファンの方々にとっても、家族、仲間、仕事の同僚たちにとっても久々に再会して、大同窓会になればいいなと思っています」とファンが再び集う場にしたいと抱負を述べている。
当日はブッチャーとも因縁深い“不沈感”スタン・ハンセンも特別ゲストとして来日。他にもレジェンドの登場を予定しているという。全日本、新日本、大日本、ノア、W-1ら参加団体や選手には、現在進行形の試合をオールドファンに見せてもらいたい。逆に最近のファンには歴史を振り返るキッカケになる大会になればいいと思う。
きっと新日本プロレスの棚橋弘至が口にしている「プロレスは繋がっている」という言葉の意味がわかるはずだ。
取材・文 / どら増田
写真 / ©︎H.J.T.Production