調査によって、探検は初期段階から困難に直面しており、最初の越冬時に病死者を出すなど、隊員の健康状態が悪化していた可能性は高かった。その上、流氷の海に閉じ込められてからは健康状態がさらに悪化し、隊長のフランクリン卿を含む24名もの死者を出している。やがて、生き残った隊員は身動きが取れない艦を放棄し、徒歩でカナダへの脱出を図ったのである。
しかし、彼らは過去の探検隊が食料を置き去りにした海岸ではなく、あえてツンドラの不毛地帯への脱出を選択していた。そのことは後の調査においても大きな謎とされたが、近年になってひとつの仮説が提示された。それは、当時最新の保存食としてフランクリン隊に用意されたした「缶詰」が、恐るべき悲劇をもたらしたという内容であった。
オレゴン健康科学大学のホロヴィッツ医師が発表した仮説によると、フランクリン隊が多くの病死者を出した原因はボツリヌス菌の食中毒で、缶詰の中で菌が繁殖、加熱せずに食べた隊員を死に追いやったとしている。また、仮説の根拠としては、探検の初期に病死し埋葬されていた隊員の遺体からクロストリジウム属の菌株、つまりボツリヌス菌と同属の菌が発見されたことを示している。
その他、最近の研究では突然の大量発注をこなすべく、缶を大きくして容量を増やしていたにも関わらず、煮沸時間は小型缶を同じだったり、さらに短縮するなど、缶詰の製造過程における滅菌処理が不十分だった可能性も高まっているのだ。ボツリヌス菌は嫌気性菌であり、缶詰など密封環境下で繁殖する。中毒を起こすと手足の麻痺から呼吸困難に陥り、やがて死に至ることもある。中毒者の3人に1人は死亡するという、極めて恐ろしい食中毒だ。
食中毒説は非常に魅力的で、探検隊の様々な謎を論理的に解決することが可能だ。例えば、艦内で短期間に大量の死者を出したこと、食中毒に怯えた生存者が保存食を避けたことなどが、ある程度合理的な説明が可能なのだ。ただし、食中毒説の根拠は遺体から検出された菌株のみで、決定的な物証や記録を欠いているため、現在のところは仮説のひとつの過ぎない。
いずれにせよ、艦を放棄してカナダへの脱出を試みた生存者に降りかかった困難は想像を絶する厳しさで、彼らは悲惨極まりない最後を迎えることとなる。しかし、その悲劇にも、ひとつの大きな謎が隠されていた。
(続く)