いつの頃からか、鈴鹿山に怪物のような大きい蟹が棲みついて、旅人や村人たちを襲って食べるようになった。大蟹は朝になると霧を吹き、夕方には風を起こして暴れまわっていた。大蟹を恐れた村人達は、一人、また一人と家を捨てて村を逃げ去っていき、やがて村には一人もいなくなってしまった。
その噂を聞きつけた観音様は「これは大変なことだ」と思われ、京の都に住む高僧の夢の中に現れると「大蟹を退治するように」と指示した。
高僧は、観音様からの告げられたように鈴鹿山に行き、鈴鹿峠の「かにが坂」へとやって来た。すると突然大蟹が現れて高僧に飛び掛ってきた。しかし高僧は恐れることも無く、静かにお経を唱え始めた。すると、不思議なことに大蟹はその場に倒れ、怒った目だけをギラギラ光らせるのみで動けなくなってしまった。
高僧が説法を説くと、大蟹は今度は苦しみながら涙を流しだした。それから暫くして、突然物凄い音がしたかと思うと、大蟹の甲羅が八つに割れ、血が憤水のように吹き出し、大蟹は溶けてしまった。
村人達は大層喜んですぐさま村に戻ってきた。そして高僧は、村人達と一緒に散らばった大蟹の甲羅の破片を集めた。彼は「大蟹も反省したのだから、優しく 丁寧に甲羅を集めて、墓に入れてあげなさい」と、村人に告げて立ち去って行った。その墓が今も残っている「蟹塚」である(※写真画像参照)。
また、高僧は、溶けた大蟹を竹の皮に包んで厄除けのお守りとして村人に授けたという。その流れを汲んだものが、現在に至るまで伝承されている厄除けの飴「かにが坂飴」である。
「かにが坂飴」はほのかな甘みのある素朴な味で、昔から旅人がこの飴で長旅の疲れを癒したと言われており、現在も道の駅「あいの土山」で購入できる。興味がある人は購入して、昔の民話の世界に思いを馳せてみるのも良いのではないだろうか。
(写真:「蟹塚」滋賀県甲賀市土山町)
(皆月 斜 山口敏太郎事務所)